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平成最後の旅行「春日大社と伊勢神宮」②

二日目は、奈良から伊勢まで移動です。一泊で両方とも行くなんて格安ツアーならではです。

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まずは外宮参りです。こちらは内宮に比べるとこぢんまりしていて、こっちはそれなりに空いてました。外宮は正式には豊受大神宮です。内宮に祀られた天照大神のお食事を司る神が豊受大神です。こちらは衣食住をはじめとする産業の神になります。鎮守の森の中の参道を進みます。

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外宮の正宮は内宮とほぼ同じ様式です。違いは鰹木が9本で千木か垂直に切られているところです。
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外宮正宮は遷宮で左側に移動したため手前にある右側の元正宮の土地(古殿地)ががよく見えます。

 

つづいて伊勢神宮の内宮参りです。こっちは元号が変わる前とあって大渋滞です。観光バスはすぐに入れましたが、自家用車駐車場は満員らしく渋滞していました。
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五十鈴川に架かる大きな宇治橋を入ると境内になります。宇治橋の外と内に高さ7.44mの大鳥居が立っていますが、内側の鳥居は、内宮の旧正殿の棟持柱むなもちばしらが、外側の鳥居は外宮の棟持柱が用いられます。この入口の大鳥居は元外宮の棟持柱です。
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手水舎もありますが、内宮では古式にならい五十鈴川御手洗所で心身を清める人たちが目立ちます。

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参道に戻り正宮に向かいます。賑わってはいますがすごく混んでいるわけではありません。

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内宮の正宮は手前に移りました。ここの階段から先は撮影禁止です。古殿地は奥になったので立ち入り禁止です。時間がたっぷりあるので別宮等も幾つか回りました。おかげで貯めておいた5円玉が無くなりました。

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別宮の一つ目は瀧祭神です。五十鈴川の御手洗場の近くにあり、御垣と御門のみで社殿はなく、石畳に祀られています。五十鈴川の守り神として古くから大切に祀られ、内宮の所管社しょかんしゃながら、祭典は別宮に準じています。
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続いて正宮奥にある荒祭宮です。内宮ある十別宮のうちの第一位です。殿舎の規模も他の別宮よりも大きく、正宮に次ぐ大きさです。ご祭神は、天照大御神の荒御魂です。別宮にも古殿地があります。

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そして五十鈴川を渡ったところにあるのが風日祈宮で風の神を祀っています。

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最後に、五十鈴川のたもとからの宇治橋です。
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昼食はおはらい町のお店で、手こね寿司と伊勢うどんのセットにしました。
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最後に赤福本店。ずっと行列が出来てました。前来たときは某事件で閉まってたのに・・・。

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伊勢から熊野方面に行きたいところですが、今回はここまでです。飛ばします会ライン(鳥羽志摩スカイラインの誤変換)を通れば早そう。伊勢からはフェリーで反対側に渡ります。

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鳥羽の港です。近くにはミキモト真珠島もあります。
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着いたところは伊良湖崎。また渡り鳥を見に来たいなぁ。
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最後にちょっとだけ自然観察。アセビが花盛りでした。
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ついでにヒサカキもひっそりと花盛り。これは独特の匂いですぐ分かります。シダもあったけど・・・。
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撮れた鳥はイソヒヨドリだけでした。伊勢湾横断もウミネコとヒメウくらいしか見つからず・・・。

平成最後の旅行「春日大社と伊勢神宮」①

平成最後の観光旅行です。今回は神社めぐり・・・。

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新幹線で豊橋へ行き、ここからはバス移動です。格安ツアーでは関西方面に行くときよく豊橋で下ろされます。おそらくツアー会社としては、新幹線代を浮かせたいための立ち寄りかと・・・。バスは最新式でなんとUSB電源がついています。Dscn2647

豊川稲荷に到着です。駐車場から山門まで歩きましたが混んでます。今日はフリーマーケットが開かれていました。

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最初に本堂へお参りします。なかなか立派です。

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豊川稲荷と言えば、稲荷塚です。キツネがいっぱい。ちなみに豊川稲荷はお寺です。

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豊川稲荷のもう一つの名物は「おいなりさん」です。昼食はついていないので「おいなりさん」を買いました。右の二つが五目、左端はわさびです。定番は五目だそうですが、わさびがなかなかでした。

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豊川から奈良まで移動してきました。格安ツアーならではの移動距離です。やっと、春日大社に到着しました。鳥居をくぐりますが異様に混んでます。

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参道沿いにはずっと石灯籠が並んでいます。

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御本殿特別拝観を期待したのですが、御本殿前の中門と廻廊まででした。前回は年始で御本殿参りをしていたのでいつも通りの感じでした。ちなみに廻廊には戦国時代の有名な武将が奉納した灯籠が幾つか下がっています。

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年始の頃と違い、東廻廊の裏側までが拝観コースです。      

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東廻廊の奥には御蓋山浮雲峰遙拝所があります。

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御本殿が少しだけ見えるのは裏側の一部です。

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今回の特別は、灯籠に火を入れて飾っていたことです。

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春日大社の境内にはたくさんの末社(境内社)がありますが、おまけで140年ぶりに再興した末社の龍王社も参拝しました。添乗員さんがバスの中で一生懸命案内していたのですが、フリーだったので他の人たちはほとんど来なかったみたいです。

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フリータイムが思ったよりも長かったので、春日山と大仏殿も回ってみました。でも、あまりにも混んでいたので覗いただけです。聞こえるのは外国の言葉ばかりでしたが・・・。

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遠景から春日山と大仏殿を狙ってみました。

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今日の泊は駅前のビジネスホテルでした。ちょっと早かったので平成30年の秋に落慶した興福寺の中金堂を。時間的に外観だけですが・・・。

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ついでに興福寺の東金堂と五重塔。

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そして、南円堂の裏にひっそりと建つ三重塔を夕空をバックに・・・。

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一休みしたら夕食へ(今回は朝食しか付いてません)。近くの地元の酒蔵経営らしき居酒屋です。

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地酒飲み比べセットにサラダとお造り。
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ついでに地鶏らしき唐揚げ二種。

冬の北海道➂ 

昨日の夕方は失敗したので、朝の散歩で再挑戦して見かけた鳥たちです。思っていた以上に色々見ることができた三日間でした。
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昨日の夕方不発だったので再度挑戦のオジロワシです。いつものお気に入りの場所にいました。2羽いました。
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オオワシまで飛んできました。
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湾内にはスズガモもいました。
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シノリガモもいます。
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ホオジロガモも久しぶりにたくさん見ることができました。ついでにシロカモメやヒメウなどもいました。

三日目の今日は、紋別市内をうろうろします。寒さのせいなのか古いせいなのか、カメラが不調で保存がうまくいかなかったり電源が切れなかったりと散々でした。
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蟹の爪。流氷関係の現代アートの名残だそうです。当時は流氷の上に載せていたそうです。
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次にオホーツク流氷科学センターで、流氷について学びました。昨日の午後から紋別の同じ所をうろうろしています。
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-20℃の流氷ルームでは流氷に触ったり、シャボン玉で遊んだりも出来ます。ここの流氷は毎年交換しているそうなので、宗谷岬にあるのより綺麗でした。Dscn2426
氷漬けにされた魚も展示されています。
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流氷の海で有名なクリオネことハダカカメガイもいます。最盛期はこれに一杯になっているそうです。ついでに最近見つかった新種も入っていました。
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お昼は水産会社直営の海鮮炉端焼きです。
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ホッケとホタテとエビ、蟹汁、追加注文のイクラとカニのミニ飯です。
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帰りも紋別空港です。一日一往復なので、こっちへ来るときに乗った飛行機に乗って帰ります。日本海側は大荒れで、その余波で午後からは天気が悪くなってきましたが、無事帰ることが出来ました。

それにしても、北海道三日間5食付きで29.900は病み付きになりそうです。

冬の北海道② 県外47紋別温泉

二日目は網走から濤沸湖まで行って紋別に戻ります。このあたりをうろうろしているだけで、今回はあんまり遠くまで移動しません。
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空港からは一番遠い濤沸湖です。見事に凍ってます。途中で渡った川もほとんど全面結氷ってのは北海道らしいです。寒いので参加者は濤沸湖水鳥湿地センターでビデオを見てますが、まずはオオハクチョウを見に行きます。
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水鳥センターからは遠いけどもオオワシは湖畔の木に二羽とまっていました。
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釧路湿原に行かないので期待してなかったのですが、濤沸湖に越冬しているタンチョウを見ることができました。真ん中のが若鳥です。

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次は釧網本線を走るしれとこ摩周号に鱒浦駅ー北浜駅の二区間だけ乗ります。
(この辺りからコンデジが不調で写真が撮れたり撮れなかったり・・・)Dscn2362
鱒浦駅は無人駅です。駅舎は新しくて鱒がレイアウトされています。
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北浜駅は古い駅舎で昼食時になると駅舎を利用したカフェが開店します。
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ここは色々な映画などでも使われていて、駅舎の中は記念に張っていった物で一杯です。これでも時々剥がしたりしているようで、昔来たときより張られている量が少ない感じです。ちなみに、この次の駅が小清水原生花園駅です。
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早めのお昼は入丸水産で海鮮丼です。真ん中のボタンエビをはじめ、ウニ、イクラ、ホッキ貝など11種盛りです。昼食時間は1時間なので、こういうときがチャンスです。Dscn1400
海岸沿いの店のため裏はオホーツク海でカモメが群れています。オオセグロカモメに混ざってシロカモメも居ます。成鳥が目立ちましたが、若鳥も少し見つかりました。
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こっちはワシカモメです。成鳥しか見てません。Dscn1387
海面には水鳥が浮いています。クロガモとホオジロガモが居ました。本州ではあまり見かけないので久しぶりにみるホオジロガモはいっぱい居ました。オレンジ色の嘴をしたクロガモも割に近くで見られました。本州だとこんな近くにはあまりいません。
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ついでにシノリガモもよく居ました。探していたのはコオリなんですが・・・。



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昼食後は、紋別に向けて出発です。途中ではロコソラーレの本拠地になっている常呂町のカーリング場を通ります。平昌オリンピックで有名になり、ポスターなんかも各所にありました。
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途中で通ったサロマ湖は汽水湖なので結氷してません。道の駅で休憩はしたのですが、展望の無かったところだったので、車窓からです。
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最後はとっかりセンターでアザラシの餌やりを・・・。感想は「寒かった!」。ここは傷ついたのアザラシの保護センターで、ゴマフアザラシがほとんどでしたが水槽にはクラカケアザラシもいました。

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すぐ近くには、今は引退したガリンコ号Ⅰが置いてあります。こっちはドリルが2本です。隣には海洋交流館があり、ここがガリンコ号の乗り場です。
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宿入りが早かったので紋別港を散策しました。オジロワシがなかなか撮れなかったのですが、紋別港の奥の方で二羽とまっていました。近くにも止とまるそうなので明日の朝チャレンジ予定です。

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宿は昨年リニューアルした紋別プリンスホテルです。綺麗な設備で、室内は最近のビジネスホテルです。温泉は地下に有り、一応内風呂と露天風呂があります。アルカリ性冷鉱泉で湧出温度が20℃のため加温・循環・消毒していますが、pH8.8で入るとヌルヌルする良い感じの温泉です。出たあとでちょっとベタベタした感じか残るのが・・・です。

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夕食はホテルの食堂で、ズワイガニの半身や海鮮鍋のついた海の膳です。ここは飲み放題ではありません。






冬の北海道① 県外46網走温泉

今年最初の旅行です。今回は少しだけゆっくりの出発です。
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羽田を10時すぎに出発して、目的地が近づいてきました。よく見るとガリンコ号Ⅱが出航してます。
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一日一便の小さな空港です。飛行機への乗り降りは徒歩です。まるで離島の空港のよう。
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バスで移動中なので写真撮影は難しいですが、一応証拠写真程度にオオワシが撮れました。足跡は鹿、兎、狐らしきのか沢山ついてましたが本人は見られません。
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最初の立寄場所は雪景色のメルヘンの丘です。北海道らしい風景だそうですが、バスの外はずっとそんな風景でした。冬なのでなおさらどこも同じですから、なんだかなぁ・・・。
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少し小高いところからは世界遺産の地がうっすら見えます。この後、展望台へ行きましたがもう見えなくなっていました。
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次の立寄地は天都山にあるオホーツク流氷館です。流氷の解説や展示があります。今回は屋上からの展望を楽しみます。
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パノラマ写真(ほぼ360°くらい)を撮ってみました。
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オホーツク海です。二日前には流氷が見えたらしいのですが、今日は暖かくて南からの風なので今は見えなくなってます。
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全面結氷の網走湖です。
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網走の町です。奥にはレンガ塀に囲まれた網走刑務所も見えます。
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有名な観光名所になっている網走刑務所です。今まで何度が通りましたが寄ることはありませんでした。現在の刑務所は町中にありますが、建て替えるときに古い建物を町外れに移築した博物館になっていてます。
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煉瓦塀の入口を入ると庁舎があります。ここは網走をはじめとした当時の監獄の資料館になっています。
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少し高台には舎房があります。五翼放射状平屋舎房で、入口を入ると真ん中にある見張り台から五方向に舎房が伸びています。
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それぞれの舎房には左右に独房が並んでいます。

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ホテルは湖畔の高台に建つ天都の宿網走観光ホテルです。外観とは違い客室は和風な造りでした。

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夕食は毛ガニ付き、おまけに飲み放題!です。
温泉は、無味無臭のアルカリ性単純泉です。残念ながら、加水・加温・循環・塩素消毒の四拍子そろった温泉ですorz。

九州へ②


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朝から曇り空で、雨の予報が出ています。奥に見える煙は、別府七湯の一つで地獄巡りなどが出来る鉄輪温泉です。こっちに泊まった人たちもいましたが、温泉は良いけど隣国人だらけだったそうで・・・。
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意外に良かったのが玖珠町の旧豊後森機関庫でした。転車台と機関庫が残る近代化産業文化遺産の一つです。ここに置いてあるSLは約一億かけてここに運んだそうです。

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転車台は動きませんがしっかり残っています。機関庫はガラスが子ども達に割られたそうですが、廃墟マニアが集まりそうな所です。今はアニメオタクがよく来ているそうです。
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試しにパノラマでも撮ってみました。

次は太宰府天満宮です。
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駐車場にバスは少なめです。ここも隣国からの観光客で混雑していますが、少ない方だそうです。駐車場から一の鳥居、二の鳥居と参道の商店街を抜けていきます。
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三の鳥居からが境内です。ここで参道の商店街が終わります。
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心字池にかかる 3つの赤い橋を渡ります。 一つ目が過去で振り返らないように、二つ目が現在で立ち止まらないように、三つ目の橋が未来で前を見て渡りきります。
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手前にある手水舎で手と口を清めてから、楼門をくぐると廻廊に囲まれた神域です。
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本殿で手を合わせます。ここでは普通に「二礼二拍手一礼」です。
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本殿脇にあるのが、藤原道真の「東風ふかば にほひをこせよ 梅の花 あるじなしとて 春なわすれそ」の歌で有名な「飛梅」です。飛梅伝説も有名です。「政争に敗れて太宰府に左遷されることになった菅原道真を慕う庭木達が、桜は悲しみのあまり葉を落とし枯れてしまい、松は途中まで飛んで力尽きてそこで根を下ろし、梅は一夜で太宰府まで飛んでいって主人の暮らす地に降り立った」という話です。
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境内には色々な神獣がありますが、一番多いのは牛です。具合の悪いところを触ると良くなるとかでみんな触っていきます。
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参道の反対側にある浮殿もなかなか良い雰囲気でした。
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中には、最近よくある現代アートです。
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最後に茶屋で梅ヶ枝餅を食べました。小豆あんを薄い餅の生地でくるみ、梅の刻印が入った鉄板で焼く焼餅で、熱々でした。

次は少し遅いお昼を食べに柳川に寄ります。
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お昼はオプションの鰻のせいろ蒸しです。ここの名物で町中にうなぎ屋さんがあります。
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前来たときに船に乗ったので今回はパス。
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北原白秋の生家(酒蔵です)など町中散歩を選びました。

最後は、三重津海軍所跡(明治日本の産業革命遺産の一つ)です。
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立派な建物があります。2階が佐野常民記念館という有料施設で3階が展望テラスとなっています。
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この建物の裏側に世界遺産の遺跡があります。ここは、現存する日本最古のドライドックです。左側が「船屋地区」で三重津海軍所の前身となった場所、中央が「稽古場地区」で軍事教育と訓練の行われた場所、右が「修覆場地区」で、洋式船の修理や建造を行った場所です。
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とは言ってもここのドックは木製なので保存のために埋め戻されていて見えません。あの有名なVRで体験できると話題になったものです。

今回は超格安の29.900ツアーの一つなので、立ち寄りは入場料のかからない所だけでした。

九州へ①&県外温泉45別府温泉

今回はおんせん県こと、大分県からの出発です。温泉の湯気がOITAになってます。
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群馬県にとっては、先に宣言されてから「こっちだって温泉県だ!」と足掻いてみても遅かりしと言うちょっと苦い思いがあります。それも群馬県らしい・・・。

まずは空港から国東半島を回って豊後高田市です。
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豊後高田市は昭和の街を再現しています。一度寂れた町並みを逆に観光化して頑張っているみたいです。
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昔ながらの商店街です。やっていない店もありますが、昔のままの食堂(料理の値段も)や、給食が食べられる食堂(でも高い)や、古い商品を飾ってある店などが並んでいます。
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ただ、歴史的建造物はこの旧共同野村銀行くらいのようです。中は昔のお金などを展示してます。
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町中をボンネットバスで回ったりも出来るようです。これはボロボロだったものを修理したものです。
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昭和ロマン村の中の倉庫内に学校も再現しています。
で・・も・・、世代的には懐かしいとは思えない・・・。昭和は長いので生まれる前の様子です。

カモン ベイビー USA!
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アメリカでは無くて宇佐神宮です。駐車場から売店の建ち並ぶ参道を抜けると鳥居が見えてきます。
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二週間ほど早い初詣(?)、この時期だと空いてます。神橋で寄藻川ををわたり境内に入り、大鳥居からの広い参道を抜けると、三の鳥居からかは上り坂になります。ここを登っていくと上宮です。
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上宮は、手前から一之御殿(応神天皇)、二之御殿(比売大神)、三之御殿(神功皇后)が祀られています。本殿を横から見ると屋根がM字になる八幡造ですが、中は見えませんので、拝殿からお参りします。ちなみに、宇佐神社は「二礼、四拍手、一例」です。
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上宮をお参りしたら、帰りは脇道にそれ下宮に向かいます。神宮の森は神聖な場所として守られています。
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下宮は奥から一之御殿、二之御殿、三之御殿となり、祀られているのは同じ神様です。廻廊があって正面には拝殿があります。ここは元々御炊殿(みけでん)と言われた神へ捧げる食事を調理する場所だったそうです。
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下宮の本殿を横から見てみましたが、三つの本殿が並んでいるのは分かりました。真ん中の本殿と拝殿の前にM字になるようにもう一棟建っているようです。
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境内の中には弥勒寺跡があります。宇佐神社は神仏習合発祥の地でもあります。

最後は朝ドラの舞台(風のハルカ)にもなった湯布院です
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湯布院観光の中心地は金鱗湖です。ここを訪れるのは15年ぶりくらいかと思います。駐車場は観光バスでほぼ満杯でした。
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町中に入ると由布岳が見えます。その頃は素朴な店が多かったと思うのですが、今では小洒落た店とけばい店が多くなってます。街を歩くとハングルだらけで、歩く人達もほぼ隣国の方々です。
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湖とは言っても小さい沼みたいな感じですが、中で目立つのは鯉とテラピアです。
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水路には、水底にオオカナダモ、岸辺にはオランダガラシやホテイアオイ。
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さらには特定外来のボタンウキクサもぞろぞろ・・・で、外来種だらけです。
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宿泊は、別府温泉の少しはずれです。ビジネスホテルですが、本館と別館に大浴場があります。どちらも無味無臭の別府温泉で、加水・加温・循環なしの弱アルカリ性低張性高温泉(単純温泉)です。別館が新しそうな岩風呂で、本館は古そうなタイル風呂でした。ホテルなので残念ながら塩素消毒はしていますが、本館の方がちょっと塩素臭は少ないようでした。規制が緩かった頃は源泉掛け流しだったろうと思います。
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格安ツアーですが夕食は個食でしたが、地元料理っぽいものはありません。
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ちょっと不満だったので、晩酌代わりに地酒の飲み比べと鶏天&中津唐揚(油物ばっか・・・)

「平戸・長崎・天草-潜伏キリシタン関連遺産と軍艦島クルーズ-」③

11月21日、三日目は最終日です。午前中はほぼ移動時間です。長崎から一度カステラ屋に寄って、雲仙を通り過ぎ、フェリーに乗り換えて、天草に行き、さらに一時間。
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最後の日のお弁当もバスの中です。ちらし寿司にでっかい海老が入ってます。

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やっと着いたのが潜伏キリシタン登録地の長崎の崎津集落です。ここも集落全体が登録地になっています。
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厳しい弾圧とかも有り、今でもキリスト信者以外の家は一年中玄関に〆飾りをしています。
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町を見渡せる高台にあるのが諏訪神社です。ここからだと鳥居の先に教会が写ります。
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この神社の入口には、元は教会が建てられていた旧修道院が有り、表向きは神社の氏子や仏教徒として暮らしていたのが分かります。
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崎津教会は、ハルプ神父の希望でキリシタン弾圧の象徴である踏み絵が行われた庄屋宅跡に建てられ、踏み絵が行われた場所に祭壇があるそうです。半分は灰色のコンクリート造ですが、残りの半分は木造です。まだ中は畳が敷かれていて床に座ってミサが行われていました。
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最後は明治近代遺産登録地の三角西港です。明治三大築港の一つで、三池港が開港するまでは三池炭鉱の石炭を輸出するための港として使われました。港全体が世界遺産です。
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天草の石工が積んだ石積埠頭は、国の重要文化財でもあります。町には三面石張りの排水路ががあり、昔の建物もたくさん残っています。
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おまけの御輿来海岸ですが、夕焼けでも引き潮でもないので・・・。奥には雲仙岳が見えます。

ついでに自然観察。
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途中でよく咲いていたのはツルソバです。黒いのは虫こぶ・・・では無くて実です。そのほか、ツワブキなどもありました。
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こっちではイヌマキが街路樹としてたくさん植えられています。
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今回咲いていたのはナガバノタチツボスミレです。コタチツボスミレもあった場所なのですが、今回は見つかりませんでした。
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ヒイラギの花盛りでした。とても良い香りがしたのですぐに気がつきました。やっぱりミカン科です。
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植えられていたヒメリンゴが花をつけていました。花と実を撮ろうとしたのですが・・・。
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小っちゃなイチジクのような実をたくさんつけたアコウ。やっぱりこっちは暖かい・・・と言うよりも港なので植えたのかも。

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分からないスゲ・・・。シダも色々あったけどあまり写真は撮ってません。
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鳥はなかなか撮るチャンスがなかった。唯一撮ったのが・・・えっ、ウミガラス!・・・。どうせミズナギドリと思って撮ったのが違ったらしい。あと撮れなかったけど首を横に振って餌を食べてるサギがいたからヘラサギだと思う。

「平戸・長崎・天草-潜伏キリシタン関連遺産と軍艦島クルーズ-」②

11月20日、二日目は、佐世保から長崎に向かいます。途中で西海大橋を通りました。

午前中は外海(そとめ)地区です。長崎からも佐世保からも離れたこの辺りは潜伏キリシタン関連遺産の登録地です。出津(しつ)集落と大野集落が登録地ですが、今回は出津地区です。
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外海歴史民俗資料館がスタート地点です。ここは、一階が外海地区の産業や歴史の紹介、2階が潜伏キリシタン関連の展示になっています。
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まずは出津教会堂です。1879年にド・ロ神父が出津に赴任し、信者と力をあわせ1882年に出津教会を完成させました。強い海風に耐えられるように屋根を低くした木造平屋で、正面と背面の両方に鐘楼があります。Dscn1152
正面からはこんな感じになります。石垣や階段などもなかなかしっかり造ってありますが、この辺りは石積集落景観としても興味深い所です。
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もう一ヶ所の見所は旧出津救助院です。ここはド・ロ神父が新たな技術を伝える場として使っていた場所です。右はマカロニ工場、真ん中が製粉工場、左が授産場(兼宿泊研修施設)です。奥には薬局もありました。Dscn1207
隣にはド・ロ神父が伝えた技術の関連資料が展示してあるド・ロ神父記念館があります。ここは元鰯網工場だった所です。
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出津教会堂の奥の建物が見える範囲当たりがほぼ登録地の集落ですか、墓地などの私有地が多く観光コースにはなっていません。
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大野教会は交通の便が悪いらしく、次に寄ったのはカトリック黒崎教会です。煉瓦造りの古い教会ですが、世界遺産登録地ではありません。出津地区とは岬の反対側にあり、ここもド・ロ神父の指導で建てられた教会です。遠藤周作の小説『沈黙』の舞台ともなった黒崎の地に建つ教会です。

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お昼は、外海地区には団体用の食事場所がないため、幕の内弁当でした。なんかこっちの名物弁当がよかったなぁ。

お昼過ぎには長崎に到着です。まずは、お決まりのグラバー園&大浦天主堂です。
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先にグラバー園ですが、ここはグラバー邸だけ見て残りはパスです。...グラバー園は明治近代遺産の登録地です。
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今回は大浦天主堂の資料館が整備されたのでこちら中心です。
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資料館は隣に建つ旧羅典神学校と旧長崎大司教館です。前は300円でグラバー園と繋がってましたが、暫定で500円、登録で100円と上がりグラバー園には行けなくなりました。

今回もコースに軍艦島クルーズが入ってました。端島こと軍艦島は明治近代遺産の中心となる登録地です。

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前回と同じブラックダイアモンド号です。Dscn1306
途中で長崎港内にある明治近代遺産登録地が幾つか見えます。一番目立つのはジャイアント・カンチレバークレーンです。他にも第三ドックや小菅造船所などが見られます。
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ここも明治近代遺産です。手前の高島(ここも明治近代遺産登録地)まで来ると軍艦島が見えてきます。
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残念なのは、桟橋が今年の台風で破壊されたために上陸出来なくなっていることです。ユネスコの許可が無いと修理が出来ない(一応来年2月予定)ので大変だそうです。
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でも、おかげで一回りしました。実は上陸すると南東側(石炭採掘工場側)しか見えません。最も特徴的なアパート群が立ち並ぶのは北西側です。こちら側からが一番軍艦島らしいとも言えます。
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北西側のアパート群は住居ではありますが、もう一つ防波堤の役割をしています。中央右の31号棟はそれが一番よく分かります。31号棟の左端にひときわ大きな窓がありますが、ここは窓ではなくて石炭採掘に伴い発生する捨石(通称ボタ)を捨てるための穴です。山の上には貯水塔、左端には端島神社が見えます。
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午後のため南東側は逆光でした。右端は端島小・中学校です。
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長崎に戻ってから、明日予定されていた平和公園に行きました。中国からの船が明日着くのでその前にという配慮です。


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今日の宿は長崎ワシントンホテルです。夕食は付きませんが、長崎新地中華街の端にあります。ホテル前にあるのは北門(玄武門)です。
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夕食は、長崎中華街の中にある江山楼です。ここのちゃんぽんが美味しいと前来たときにも聞いていたので是非行ってみたかった店です。
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これがここのちょっと高い方のちゃんぽんです。某チェーン店よりも奥深い味でした。...

最後にホテルから出でいた夜景ツアーで稲佐山からの夜景を見に行きました。日本三大夜景とか、新世界三大夜景とか、一千万ドルの夜景とか、色々言われているようです。
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町の中心部、一番明るいのは浦上川が長崎湾に注ぐ旭大橋あたりです。左の橋が稲佐橋、右側は長崎港です。
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町の南側の長崎港です。真ん中あたりにジャイアント・カンチレバークレーンがあります。湾の反対側の暗い所がグラバー園です。
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町の北側です。右端が稲佐橋付近で、真ん中少し左の赤い光りがある所の左側が浦上地区で、ここが爆心地になります。つまり、狙っていた造船所(南側)ではなくて町の反対側(北側)の居住地に原爆は落ちたと言うことになります。

「平戸・長崎・天草-潜伏キリシタン関連遺産と軍艦島クルーズ-」①

朝3時発の羽田行きのバスに乗り、飛行機で佐賀空港に到着しました。Dscn0965
朝方の天気は今ひとつだったようですが、到着したときにはまあまあの天気でした。有明海の上を飛んだので、上からは海苔養殖の筏が広がっている様子が見えました。遠くの山は多聞岳あたりでしょうか。

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今回のツアーのメインは世界遺産です。潜伏キリシタン関連で4ヶ所、明治近代遺産で2ヶ所を回ります。

まずは平戸です。
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教会の多い長崎ですが、ここで有名な寺院と教会の見える風景です。手前には瑞雲禅寺があり、ここにも宣教師の墓があるようです。代表的な観光地ですが、今回世界遺産に指定された「平戸の聖地と集落」は、生月島側の「春日集落と安満岳」&「中江ノ島」なので、こちら側は登録地ではありません。
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そして寺院の後ろに写っていたカトリック平戸教会(平戸ザビエル記念教会)です。昭和6年に建てられたゴシック様式の立派な教会です。平戸は日本で初めて教会の建てられた地で、豊臣の禁教令の折にはたくさんの殉教者が出ました。観光地としては、平戸城主の松浦氏関係と、出島の前までオランダとの貿易で栄えていた町の歴史です。Dscn1014_2
平戸城主の松浦家から寄贈された資料等が展示されているのが松浦資料博物館です。この博物館があるのは松浦氏の私邸で、周りは石垣で囲まれた大名屋敷です。まあ、前回見たので今回はパス。

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日本の井戸とは違う六角井戸があります。またオランダ商館の近くにはオランダ井戸もあります。
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平戸オランダ商館は1609年に平戸に来たオランダ商人によって建てられたものです。復元された建物は1639年築造の倉庫で日本で最初の洋風建築物と言われています。その後、鎖国政策に伴いオランダ商会は長崎の出島に移っています。Dscn1025_2
近くにはオランダ塀なども残っています。この塀は砂石を平積みして、その上に貝殻と石炭を混ぜて作った漆喰のようなものを塗ってあります。

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平戸の最後は、田平天主堂です。もとは民家を仮聖堂としていましたが、1918年に鉄川与助により設計施工された教会ができました。多彩なレンガ積み手法、ススを塗った黒レンガによる装飾など、色々な見所がありますが、ここはステンドグラスが見事な教会です。
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気になったのは田平教会の墓地。立入禁止なので入口での撮影ですが、ちょっと珍しいお墓です。日本型の墓石の上に十字架が乗っているあまり見かけないものです。
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今日最後の立ち寄り場所は、九十九島が見える展海峰です。右側の町は今日の宿泊地の佐世保です。

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一日目の宿泊は佐世保ワシントンホテルです。ちょっと立派なビジネスホテルなので夕食は別料金(予約)でした。
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おまけで、佐世保の町中にあるカトリック三浦町教会です。
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夕食の事前予約はしなかったので町に食べに行きました。ホテルで教えてもらった店の中から和食系をチョイス。
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ここのオリジナルラベルの純米酒を飲みながら、刺身盛りと鶏唐(地鶏)と枝豆豆腐を頼みました。蛸わさはお通しです。刺身は太刀魚とひらすと鯛とのことでした。ひらすは関東で言うヒラマサらしいです。生け簀もあります。
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次に六十餘州の純米山田錦を飲みながら、牛蒡揚げと白すりみ揚げ(エソと蓮根)を・・・。この前五島列島に行ったときは店選びがイマイチだったので今回はちょっと気合いを入れて探しました。なので今回は当たりです。ただ、あとで三種揚げと言うのがあったのをを見つけてちょっと悔しかったけど・・・。

山梨へ

今日はいつもの飲み仲間に誘われての山梨旅行です。自分の町内の旅行に入ったことがないのに、人んちの町内旅行は企画が友人なので何度もついて行ってます。
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ミレーで有名な、開館40周年を迎える山梨県立美術館です。特別展はバルビゾン派のドービニーでした。
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園内の造りも、なかなか洒落ています。
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野外彫刻もなかなかすてきです。長野だけに林檎をモチーフにした現代アート作品です。
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なかなか可愛い雀の現代アート作品です。群馬県立美術館とは何でこんなに違うんだろう・・・。

お昼は美術館前の「小作」でほうとうを食べたました。

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その後は武田神社です。七五三のお参りがたくさんいます。
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もとは武田の館跡でした。館と言ってもほぼ城の造りで水堀があります。お城に詳しい同行者が説明してくれました。

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大手側は水堀ですが、それ以外は全て空堀で囲まれています。搦手側に回り込むと、門の石組みや虎口構造が分かります。こんなにしっかり城の縄張りが残っているとは思ってませんでした。

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最後はモンデ酒造で見学です。休日のため機械は動いていません。その後で色々なワインやジュース類を試飲しました。やっぱりワインは値段が高い方が美味しい!。

五島列島「3つの世界遺産を巡る旅」、その2

今日は一日で5つの島を駆け抜けます。Dscn9969
まずは早朝まだ暗いうちにホテルを出て、近くにある城跡を見に行きます。
ちなみに、大手のコンビニはほとんどなく、見かけるのはローカルコンビニのポフラです。Dscn9972
福江城(石田城)は、幕末の1863年に福江藩最後の藩主五島盛徳が完成させた五島氏の居城です。現在は五島市の中心街に位置していますが、築城当時は三方を海に囲まれた海城であったそうです。現存するのは石垣や堀の他、横町口蹴出門と横町橋などです。
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海に面した側には台場(砲台)が造られました。櫓跡のようですが、昔の地図と合わせるとここが台場のようです。
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今高校のある所(左の白い建物)が本丸の位置になります。右の城のような建物は二の丸の位置に建てられて天守代わりになっていた櫓のようです。

さて、宿を出発して市場見学と朝食です。
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市場見学はここからです。中には入れません。ここで捕れた高級魚の多くは長崎の方に送られるようです。
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朝食会場は「猟師食堂五島灘」です。朝は団体向けだけの営業らしいです。
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朝食で食べ放題と言われてもって感じです。猟師汁・イサキの刺身キビナゴ料理などが食べ放題でしたが、キビナゴは時期ではないらしく早々と用意してあったのは終わってしまいました。

ここから島巡りの始まりです。
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チャーター船というか海上タクシーで、福江島の福江港からまずは隣の久賀島に向かいます。久賀島は、島全てが「久賀島の集落」として「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成遺産です。島内の集落や潜伏キリシタン遺跡などが全て構成遺産になりました。今年世界遺産に登録されましたが、「長崎の教会群」として登録を目指していたものを「潜伏キリシタン」として構成を一部変えて登録されたので、そのあたりが微妙に違っています。
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この五輪地区は久賀島の中心部からは裏側にある隠れた漁村のような所で、今でも道路は通っていません。ここに隠れ住んで居た集落でした。港の奥にある教会の近くと反対側に今でも数軒しか家は建っていません。
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綺麗な方は新しく立てられた五輪教会です。実際にミサも行われていて中は見学出来ません。
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こっちが旧五輪教会堂として以前から世界遺産登録を目指していた建物です。外観は民家風で素朴な建物で、昔の学び舎のような懐かしい感じがします。1984年の台風で被害にあい、その傷みの激しさから取り壊される危機を迎えていましたが、地元住民たちの声によって保存されることが決定したということです。
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こちらは中も見学出来ます。外は民家風ですが、中はしっかりとした教会の造りになっています。椅子などはありませんが、正面にはマリア像なども昔のまま残されていて素朴な信仰の様子がうかがえます。

続いて次の奈留島に移動します。
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奈留島の中で構成遺産になっているのは「奈留島の江上集落(江上天主堂とその周辺)」です。この写真に写っているあたりが全て構成遺産となります。ただし、観光としては前から世界遺産を目指していた江上天主堂(右奥)が中心です。
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周辺に海や川があり、湿度が高いことから、通気をよくするために高床式を取り入れた造りになっている江上天主堂です。林の中に隠れるように建っています。現在の聖堂は、2001年に信徒たちがペンキなどを塗って修復したものですが、今年は建設から100年を迎えます。教会内は事前申込みをすれば見学出来ますが基本撮影禁止です。
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隣に建つ小学校は廃校になっています。ここの校庭が、見学者の駐車場として利用されています。
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道路は繋がっていますが島の中心部から離れた集落です。まだここで暮らしている人たちも居ますが、もう住まなくなった住居が多く見られます。波(風)よけに石で垣根を作り、風の影響が少ない造りだったようです。

またすぐに移動です。

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若松島にあるキリシタン洞窟を船上から見学です。崖に十字架とマリア像が置かれています。ここは船でしか行くことが出来ません。ツアーによっては実際に上陸することも出来るようです。
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裏から見ると洞窟になっています。明治のキリシタン迫害の際に、付近のカトリック信者は船でしか行けないこの険しい断崖の洞窟に隠れていたそうです。洞窟は足場が悪く、壁には何かを飾ったような跡が残っていて、ここでの生活があったことを物語っているそうです。

海上タクシーはここまで。若松島の若松港で下り、若松大橋を渡り、5つめの中通島に渡ります。

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すぐに桐教会に向かいます。海辺の高台に建つ桐教会からの眺める入江は、海の碧さはもちろん、水面にうつる桐教会や山々の美しい風景が訪れる人を楽しませてくれるそうです。でも、今日はあまり良い天気ではありません。
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ここは世界遺産ではない、新しく建てられた教会です。
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ここでハプニング発生!。ツアーバスのエンジンが掛からなくなりました。代替バスを手配しましたが、少し雨も降り出し最悪の状況です。とりあえずエンジンが復調しお昼の場所に向かいましたが、この時間ロスで買い物予定の「五島うどんの里」の立ち寄りがなくなりました。
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お昼は製麺所直営の五島うどん店です。食事の時間でバスを交換するようです。
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昼食は「海鮮丼と五島地獄炊きうどん」(写真は4人前)です。地獄炊きうどんは釜揚げうどん風に自分で茹でで頃合いを見計らって食べるというもので、汁としては、「あごだしつゆ」と「卵(カルボナーラ風)」の二つです。

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おまけですが、港や海岸では海の中に色とりどりの魚が居ます。対馬海流(暖流)の通り道なので暖かいようです。海の中は浅瀬にガンガゼかたくさんいました。

お昼も済んで最後の見学地です。
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構成遺産である「頭ヶ島の集落」の拠点は、今は使われなくなった上五島空港です。空港の建物がインフォメンションセンター(待合所・案内所)になっています。下の集落には、シャトルバスでの移動となります。
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構成遺産「頭ヶ島の集落」は空港部分を除く島全体です。赤い頭ヶ島大橋~こっち側が頭ヶ島です。下に見えている集落は田尻集落で、反対側には福浦集落と白浜集落があります。
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バスから見た白浜集落です。この集落の一番奥にあるのが頭ヶ島天主堂です。頭ヶ島は外海地域から各地へ広がった潜伏キリシタンの一部が、病人の療養地として人が近づかなかった頭ヶ島を移住の適地として選んで、仏教徒の開拓指導者のもとで信仰をカモフラージュしつつ移住し、ひそかに共同体を維持した地域です。
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頭ヶ島天主堂は、この地域で取れる砂岩を利用して建てられた日本では珍しい石造りの教会堂です。正面鐘塔上にある八角型のドームヶ目を引く教会です。
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周りにはキリシタンの歴史を物語る碑が建てられていて、中には拷問に使われた石も並べられています。
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海岸にはキリシタン墓地があります。

ここで、さらなるハプニング発生!。有川港から乗る予定だった長崎行きの高速船がエンジントラブルにより出港停止!。急遽、鯛ノ浦港から出る船に変更が出来たのでひと安心。おかげで時間が出来て「五島うどんの里」に寄る時間が出来た。
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あまり買い物には興味がないので、近くの海童神社へ。鳥居の後ろには、昔この辺りでたくさん獲れていた鯨(ナガスクジラ)の顎の骨です。
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帰りは双胴船です。こっちの方が揺れは少ないとか。それにしても、これがダメだったら長崎に帰る手段はあともうひとつの奈良尾港(ねるちゃんの住んでた町です)からしかなかった。一応飛行機には間に合いそうだけど・・・。

結局二日間で、自家用車~電車~ジェット機~プロペラジェット機~観光バス~海上タクシー~観光バス~シャトルバス~観光バス~双胴船~ジェット機~モノレール(~電車~自家用車)って、なんか乗り換えばっかりだった。

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最後の落ち・・・帰りの電車には乗れず、結局カプセルホテル泊まりになった。
(さらに詳しくは後でHPにて)






五島列島「3つの世界遺産を巡る旅」、その1

今回のツアーの出発はゆっくりです。お昼過ぎに羽田空港を発ち、福岡空港まで。

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プロペラジェットに乗り換え、夕方にやっと五島列島の福江空港(五島つばき空港)に降り立ちました。
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夕食は付いていないので、近くのお店で焼き魚定食にしました。出来れば地元ならではのものが食べたかったなぁ

群馬県日帰り温泉紹介 その98、「湯桧曽温泉」ホテル湯ノ陣

久しぶりの温泉紹介です。リフト券を使うと少し安く入れるので寄ってみました。
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場所は湯桧曽温泉街(旅館は減りました)の少し上流にある立派なホテルです。ただ、新しくはありません。ホテルで受付を済ますと一つ下の階に移動します。そこが大浴場ですが、近くにはプールもあり昔は賑わっていたのだろうと想像できます。

温泉は単純泉(弱アルカリ性高温泉)です。湧出温度は高いのですが、成分的にはあまり濃くないようです。温泉らしい香りもつるつる感もありません。循環・濾過はしていますが、加水・加温・塩素消毒をしていないのは好感の持てるところです。源泉に近い感じだとは思いますが、湯ノ花はほとんど濾過されているようです。

更衣室を抜けると広い洗い場と浴室があります。奥には小さな岩風呂風露天風呂もあります。残念なのは川沿いにありながら道路が近いため景色が見えない事です。

谷川岳へ向かって・・・

相変わらず暑い日が続いています。まあ、こんな中でも高校野球の予選は予定通り進んでいますが・・・。まだ冷房の調整がうまくつかずに、朝方暑かったり涼しかったりで目が覚めてしまいます。そのままの勢いで行ってみました。

谷川岳は良い天気です。森林限界を超えた稜線では熱中症も出てるようなので、ちょっと寝不足の軟弱者は早めに諦めます。
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リフトを降りた高原(スキー場)は花盛りでした。エゾハルゼミから季節は、エゾゼミ&ヒグラシに移っています。
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黄色い花はキオンです。
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うす赤色はヨツバヒヨドリです。
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赤い花はシモツケソウです。後ろはヤマブキショウマ、ミヤマハナウド、オニシモツケ、ニッコウキスゲなどです。
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地味ーズです。ちっちゃすぎてほとんど気づかれないクロバナヒキオコシです。たくさん咲いた花序は目立つんですけどね。
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モウセンゴケも花盛りです。コケは花が咲かないと思われてたりしますが、苔の仲間ではないので・・・。
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赤い実があると気がつく人もいますが、花の時期は見逃されがちなアカミノイヌツゲです。
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ビックリ!、もう咲いてますアリドオシラン。よく見るときれいな花ですが、個人的なイメージは「からムーチョのお婆さん」です。
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こっちはツルアリドオシ。2個ずつ咲いて赤い実も2個ずつなります。
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目立たないツツジ科のアクシバです。なかなか花付きのいい株がなくて・・・。蕾の方が印象強いです。
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6.雨が降っていないのでそこら中で節水中の看板があります。川の水量もとても少ないです。
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最後のシメは、超ローカルスイーツ「大とろ牛乳」です。冷えたとろとろの牛乳?を太いストローで吸います。冷たくてさっぱり、後味も最高です。
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