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2015年11月

「明治日本の産業革命遺産」の旅、北九州編、その3

旅行も三日目です。二日間ずっと雨でしたが、やっと天気が回復しました。

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九州までやってきたので思っていたより日の出も遅く、まだ、日が昇ってなかったのですが朝の散歩で「めがね橋」までやってきました。このあたりには、まだたくさんの古い石橋が残っています。

ついでに、今日の出発は遅いので出島まで足を伸ばしました。

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こっち側は、出島の陸側の石垣です。橋でつながっていたのでそこは今再現工事中です。海側を含めてこの辺り一帯は埋め立てが進み、現在は完全に町中の一角になってしまっています。

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朝早いのでさすがに中には入れません。古い建物は昔の建物が残っているわけではなく、ほとんど再現したものです。意外と狭い範囲です。
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昔の出島の石垣も残っています。川沿いの石垣は再現なので綺麗な切り込み接ぎでしたが、こっちは素朴な野面積みです。Dscn7944

昼食の時間にもう一度訪れてみました。中には復元されたミニチュアの出島模型があります。ほほこんな感じに再現する計画のようです。

さて、今回のメインです。

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高島海運のブラックダイヤモンド号が今回のクルージングの船です。一昨日、昨日と雨だったため、海が荒れてい欠航していたそうです。今日は海が穏やかなので大丈夫そうです。
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途中では長崎湾から三菱造船所などの工場群を眺めながら解説があります。最初は世界遺産に登録されている「三菱長崎造船所関連施設」です。どこからでも見える「ジャイアントカンチレバークレーン」(右)はその一つです。日本で初めて設置された電動クレーンで今でも活躍中のため非公開です。この奥には公開されている資料館「旧木場場」があります。
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ここは三菱造船所のドックです。
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その隣のこの建物の間あたりに世界遺産の「第三船渠」がありますが、下調べをしていなかったためにうまく写せませんでした。 この奥のあたりには迎賓館として使われていた「占勝閣」もありますがどちらも非公開施設です。
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反対側には、これも非公開の「小菅修船場跡」があります。小管のドックや曳揚げ小屋の建物は、日本の近代造船史上現存する最古の建築遺構で、幕末、明治初期の工場建築遺構として、わが国近代産業黎明期を代表する貴重な遺構です。
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伊江島を通り過ぎるといよいよ外洋です。予想通り穏やかな海です。

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高島を通り過ぎるといよいよ目的地が近づいてきます。「高島炭鉱」も日本最初の蒸気機関による竪坑と言うことで世界遺産に登録されています。資料館や北渓井坑跡などがありますがあまり説明はありませんでした。隣の島が有名なだけに仕方ないですね。
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ここも三菱ですので、創業者の岩崎彌太郎の銅像が建っています。
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高島を通り過ぎるといよいよ見えてきました。今回のメイン「軍艦島」です。正式な世界遺産登録名では「端島炭鉱」です。裏側から見た所の方が軍艦らしく見えるのですが、今回の目的は上陸ですので、こちら側からだけです。
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ここは上陸できない場所なので船の上から撮影します。右端の建物は端島小中学校の校舎で、その右端には校庭が有ります。真ん中あたりの建物は住居用の建物で実際にはコの字になっています。見えているのは縦棒の部分です。その左側の山の上には端島神社の社が見えます。
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いよいよ上陸です。ドルフィン桟橋が「軍艦島」唯一の上陸場所です。海に突き出ているため波が高いと上陸は出来なくなります。台風の被害にも遭いやすく今年の夏は崩れて一ヶ月以上上陸できなくなっていたそうです。ただでも1/3位らしいですが、冬になると波が高くなり上陸の確率は減るようです。

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上陸してまず目に入るのが貯炭場にあったベルトコンベアーの跡です。右奥は先ほどの学校、山の上は社員用の宿舎で当時としては珍しく各部屋に風呂があったそうです。上陸するのは炭鉱があった陸側の石炭を搬出していた場所と言うことです。
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見学コースの一番奥は南端の海側になります。ここからは住居になっていた鉄筋コンクリート製のアパート群が見えます。手前が30号棟、奥が31号棟です。日本初のRC工法とも言われています。外洋に面していて、住居だけでなく防波堤の役割も果たしていて、炭鉱夫よりも炭鉱現場の方が大切にされていたことがわかります。

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島にはプールもありました。うっすらと白線が引いてあるのがわかります。海の水を利用していたそうです。
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総合事務所は煉瓦造りでした。いつも潮をかぶっているためこんなに綺麗に見えることは少ないそうです。昨日までの雨がいい影響を及ぼしてくれたようです。下の方はもう塩が浮き出し始めています。
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ここは、炭鉱夫が主力坑だった第二竪坑に入っていくための施設です。階段を上り、上の四角い建物から地下に向かいます。下につく頃には気絶している人もいて最初の作業はその看病だったそうです。戻ってきたらやはりここを通るので階段が石炭で黒くなっています。それほど大変な仕事なので、中には戻ってこれなかった人もいるそうです。

奥の山の上には灯台の隣に四角い水道タンクがあります。ここでは淡水は手に入らないため隣の島から引いていたそうです。
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山の斜面には、炭鉱からアパートに向かう道が続いています。当時は炭鉱の下につくられた地下道を通ってこの道に出たと言うことです。現在の見学通路はほぼその地下通路の上に作られている感じになります。
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ちなみに、高島の資料館には軍艦島のミニチュア模型があります。

長崎に戻ってきました。最後の見学です。

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大浦天主堂は、世界遺産ではありません。暫定リスト「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」の候補地の一つです。カトリックの教会堂で、日本最古の現存するキリスト教建築物と言われています。

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「旧グラバー住宅」は、上海から長崎に来てグラバー商会を設立し貿易に従事した貿易商のグラバー氏の住宅です。日本に西洋技術を伝えた拠点になった場所と言うことで、世界遺産に登録されています。和洋折衷の建築で、八角形の建物がおしゃれです。
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中には「キリンビール」ノモデルと言われているキリンの像などもあります。
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ここは高台なので、長崎の町が見渡せます。
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三菱造船所などが建ち並ぶ長崎湾も一望できます。

今は、長崎にあった明治期の洋館を移築しグラバー園として解放されています。

次は、山口県の世界遺産に行く予定です。

「明治日本の産業革命遺産」の旅、北九州編、その2

二日目は、熊本市にある三池炭鉱です。登録地は「万田坑」、「宮原坑}、「三池港」、「鉄道施設」などです。

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行ったのは「万田坑」です。ここは当時の施設が残されているのが特徴のようです。左が鋼鉄製の第二竪坑櫓、右がイギリス積み煉瓦造りの巻揚機室になります。

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第二竪坑櫓の巻揚機室は二階建てで、中に入ることも出来ます。外国製の大きなウインチが今でも当時のまま残されています。ほかにもたくさん機械があり狭いため、ヘルメット着用で入る人数も限られるようです。
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建物の裏側からは第二竪坑に入ることもできます。ただし、竪坑は埋められていますが、そこから運搬するための施設や竪坑に入るための施設が残されています。Dscn7549

隣に建つ事務所はイギリス積みの煉瓦造りです。

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第二竪坑へ繋がるトロッコ道の入り口とトロッコ、そして竪坑に入るためのゲージが並べておいてあります。

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これは煙突の跡(土台)です。炭坑節の「月が出た出た月が出た あんまり煙突が高いので さぞやお月さん煙たかろう」の煙突です。高い煙突も残されている所もあるようですが、
やはり危険なので残すのは大変なようです。
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山ノ神祭祀施設は砂岩、溶結凝灰岩製です。炭鉱は危険なため、山の神に安全を祈るのも大切だったのでしょう。
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入り口にある万田坑ステーションには、当時の万田坑の模型が展示されています。写真に写したのは左の奥の二本のようです。

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お昼は「長洲きゃあめし弁当」でした。、「きゃあ」とは、「あさり貝」のことで、ツアーではなかなか食べられないとか。メインは有明海産のあさりで作った「きゃあめし」で、おがずに「的ばかいだご」と長洲産の季節の材料をふんだんに使ったおかずがぎっしりの懐かしい郷土弁当だそうです。

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弁当は熊本から長崎へのフェリーの中でした。フェリーでは餌をほしがるカモメの群れがついてきます。おっと、かわいいと思ったらほとんどユリカモメでした。
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長崎では、平和公園から資料館あたりを解説を聞きながらの散策です。有名な平和公園の平和祈念像は今回初めてです。天を指した右手は“原爆の脅威”を、水平に伸ばした左手は“平和”を、軽く閉じた瞼は“原爆犠牲者の冥福を祈る”という想いを込めているそうです。

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ここが原爆の爆心地です。爆発の威力で少しへこんでいます。

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爆心地近くにある「被爆50周年記念事業碑」です。偉大なる母の慈悲心と、永久に平和であれと念じ、あたたかく深く母の胸に眠る傷心の子供の姿を配することによって日本の未来を表現しているそうです。「黒いマリア像」とも言われているらしいです。

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こっちはその隣にある、浦上天主堂の側壁を移築した物です。浦上天主堂は爆心地から500mの場所にあり、長崎にあった幻の原爆ドームです。

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資料館は、その頃の様子を再現してあり、正面が浦上天主堂です。ツアーではとっても珍しいことですが時間が余ったため散策後の自由時間が1時間半ほどありました。そのため、のんびりと資料館を見学しましたが、広島と似ていますが悲惨さは少し控えめに展示しているらしいです。

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夕食は中華です。

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長崎らしいのは皿うどんがついたことくらいです。
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宿は長崎の中華街のすぐ隣でした。だったら、自由食でも良かったのに。それにしても、長崎の中華街は横浜とは比べものにならないほどこぢんまりしています。

「明治日本の産業革命遺産」の旅、北九州編、その1

今回の旅行は、今年の6月に新たに世界遺産に登録された、「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」を中心に廻る旅です。JR始発前に群馬を出発する時は美味ような天気でした。博多空港に着いたときは見事に雨の中の出発でした。

まずは福岡県の八幡地区です。

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ここでの登録地は「官営八幡製鐵所」です。筑豊炭田に隣接した八幡に官営の製鉄所が出来たのは1901年です。現在は新日鉄の敷地内のためほとんど見学は出来ません。この東田第一高炉は昭和になって再建された物なので関連遺産になります。

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当時の運搬車も展示されています。綺麗に保存されていますが、世界遺産として登録されていないので見学者はあまりいません。
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こちらが敷地内にある世界遺産の「八幡製鐵所 旧本部事務所」です。赤煉瓦の建物ですが、屋根は和式の瓦葺です。眺望スペースが設けられ、個人利用に限り撮影も認められています。右奥には世界遺産の「旧鍛冶工場」が少しだけ見えています。後ろには世界遺産の「修繕工場」がありますが見えません。
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実際にはこんな距離感です。今回の世界遺産は現役だったり工場の敷地内だったりで非公開の物が多いのも特徴の一つです。

今回、駐車場でバスのタイヤがパンクしてここだけタクシーでの移動でした。こんなトラブルは始めてです。まあ、見学中にパンク修理は済んだので行動に支障はなかったのですが、幸先の悪い出だしです。

次は飯塚市まで移動します。ここは筑豊最大の都市で麻生さんなどの炭鉱王の地です。
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ここでの見学は、関連遺産の「旧伊藤伝衛門邸」です。和風近代建築の立派な玄関です。

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庭から見るとさらに立派な建物だと言うことがわかります。
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回遊式の庭園も見事です。
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廊下も天井の造りとかを見ると贅を尽くしているのがわかります。
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伊藤伝衛門と言えば、朝ドラでも有名になった白蓮さんです。ここが二階にある白蓮部屋です。華族様のため庶民よりも一段高いところ部屋があり、間違っても庶民の足の下にいることがないようにするために全て二階にあります。
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華族出身のため、天井にある仕切りの一畳分が結界です。許可がなければ旦那の伊藤さんでもここからは入れません。普段は小さな戸の所から挨拶したりしていたようです。中は銀張りの襖も有り、外には婚礼道具を入れる二階建ての倉などもあります。

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展示室には、記憶遺産になっている「ヤマの記憶」も展示されていました。

最後は、今日の宿泊場所の熊本に移動です。
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最後に夜の熊本城の見学です。熊本城のことだから夜も見学できるような企画をやっているのかと思ったら、特別に許可を取っての見学でした。つまり贅沢な貸し切りです。
ライトアップされた天守閣を見学したり、天守や御殿の中も案内付きで廻りました。
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熊本城の御殿の下は闇り御門からの通路になっていますが、普段は人だかりですが今回は人がいません。
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今日の夕食は馬肉料理です。ご飯とだご汁ともう一品出て来ました。地ビールが普通のビルと同じ値段もgoodでした。

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