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「明治日本の産業革命遺産」の旅、北九州編、その3

旅行も三日目です。二日間ずっと雨でしたが、やっと天気が回復しました。

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九州までやってきたので思っていたより日の出も遅く、まだ、日が昇ってなかったのですが朝の散歩で「めがね橋」までやってきました。このあたりには、まだたくさんの古い石橋が残っています。

ついでに、今日の出発は遅いので出島まで足を伸ばしました。

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こっち側は、出島の陸側の石垣です。橋でつながっていたのでそこは今再現工事中です。海側を含めてこの辺り一帯は埋め立てが進み、現在は完全に町中の一角になってしまっています。

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朝早いのでさすがに中には入れません。古い建物は昔の建物が残っているわけではなく、ほとんど再現したものです。意外と狭い範囲です。
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昔の出島の石垣も残っています。川沿いの石垣は再現なので綺麗な切り込み接ぎでしたが、こっちは素朴な野面積みです。Dscn7944

昼食の時間にもう一度訪れてみました。中には復元されたミニチュアの出島模型があります。ほほこんな感じに再現する計画のようです。

さて、今回のメインです。

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高島海運のブラックダイヤモンド号が今回のクルージングの船です。一昨日、昨日と雨だったため、海が荒れてい欠航していたそうです。今日は海が穏やかなので大丈夫そうです。
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途中では長崎湾から三菱造船所などの工場群を眺めながら解説があります。最初は世界遺産に登録されている「三菱長崎造船所関連施設」です。どこからでも見える「ジャイアントカンチレバークレーン」(右)はその一つです。日本で初めて設置された電動クレーンで今でも活躍中のため非公開です。この奥には公開されている資料館「旧木場場」があります。
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ここは三菱造船所のドックです。
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その隣のこの建物の間あたりに世界遺産の「第三船渠」がありますが、下調べをしていなかったためにうまく写せませんでした。 この奥のあたりには迎賓館として使われていた「占勝閣」もありますがどちらも非公開施設です。
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反対側には、これも非公開の「小菅修船場跡」があります。小管のドックや曳揚げ小屋の建物は、日本の近代造船史上現存する最古の建築遺構で、幕末、明治初期の工場建築遺構として、わが国近代産業黎明期を代表する貴重な遺構です。
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伊江島を通り過ぎるといよいよ外洋です。予想通り穏やかな海です。

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高島を通り過ぎるといよいよ目的地が近づいてきます。「高島炭鉱」も日本最初の蒸気機関による竪坑と言うことで世界遺産に登録されています。資料館や北渓井坑跡などがありますがあまり説明はありませんでした。隣の島が有名なだけに仕方ないですね。
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ここも三菱ですので、創業者の岩崎彌太郎の銅像が建っています。
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高島を通り過ぎるといよいよ見えてきました。今回のメイン「軍艦島」です。正式な世界遺産登録名では「端島炭鉱」です。裏側から見た所の方が軍艦らしく見えるのですが、今回の目的は上陸ですので、こちら側からだけです。
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ここは上陸できない場所なので船の上から撮影します。右端の建物は端島小中学校の校舎で、その右端には校庭が有ります。真ん中あたりの建物は住居用の建物で実際にはコの字になっています。見えているのは縦棒の部分です。その左側の山の上には端島神社の社が見えます。
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いよいよ上陸です。ドルフィン桟橋が「軍艦島」唯一の上陸場所です。海に突き出ているため波が高いと上陸は出来なくなります。台風の被害にも遭いやすく今年の夏は崩れて一ヶ月以上上陸できなくなっていたそうです。ただでも1/3位らしいですが、冬になると波が高くなり上陸の確率は減るようです。

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上陸してまず目に入るのが貯炭場にあったベルトコンベアーの跡です。右奥は先ほどの学校、山の上は社員用の宿舎で当時としては珍しく各部屋に風呂があったそうです。上陸するのは炭鉱があった陸側の石炭を搬出していた場所と言うことです。
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見学コースの一番奥は南端の海側になります。ここからは住居になっていた鉄筋コンクリート製のアパート群が見えます。手前が30号棟、奥が31号棟です。日本初のRC工法とも言われています。外洋に面していて、住居だけでなく防波堤の役割も果たしていて、炭鉱夫よりも炭鉱現場の方が大切にされていたことがわかります。

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島にはプールもありました。うっすらと白線が引いてあるのがわかります。海の水を利用していたそうです。
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総合事務所は煉瓦造りでした。いつも潮をかぶっているためこんなに綺麗に見えることは少ないそうです。昨日までの雨がいい影響を及ぼしてくれたようです。下の方はもう塩が浮き出し始めています。
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ここは、炭鉱夫が主力坑だった第二竪坑に入っていくための施設です。階段を上り、上の四角い建物から地下に向かいます。下につく頃には気絶している人もいて最初の作業はその看病だったそうです。戻ってきたらやはりここを通るので階段が石炭で黒くなっています。それほど大変な仕事なので、中には戻ってこれなかった人もいるそうです。

奥の山の上には灯台の隣に四角い水道タンクがあります。ここでは淡水は手に入らないため隣の島から引いていたそうです。
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山の斜面には、炭鉱からアパートに向かう道が続いています。当時は炭鉱の下につくられた地下道を通ってこの道に出たと言うことです。現在の見学通路はほぼその地下通路の上に作られている感じになります。
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ちなみに、高島の資料館には軍艦島のミニチュア模型があります。

長崎に戻ってきました。最後の見学です。

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大浦天主堂は、世界遺産ではありません。暫定リスト「長崎の教会群とキリスト教関連遺産」の候補地の一つです。カトリックの教会堂で、日本最古の現存するキリスト教建築物と言われています。

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「旧グラバー住宅」は、上海から長崎に来てグラバー商会を設立し貿易に従事した貿易商のグラバー氏の住宅です。日本に西洋技術を伝えた拠点になった場所と言うことで、世界遺産に登録されています。和洋折衷の建築で、八角形の建物がおしゃれです。
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中には「キリンビール」ノモデルと言われているキリンの像などもあります。
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ここは高台なので、長崎の町が見渡せます。
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三菱造船所などが建ち並ぶ長崎湾も一望できます。

今は、長崎にあった明治期の洋館を移築しグラバー園として解放されています。

次は、山口県の世界遺産に行く予定です。

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