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2015年12月

「中国地方世界遺産の旅」、その3

旅行3日目。ずっと天気がよかったけど、今日はあいにくの雨模様。

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ホテルの屋上から萩の海を眺めてみたけど、ちょっといまいち。
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さて、今日は明治日本の産業革命遺産です。まずは「恵美須ヶ鼻造船所跡」です。江戸時代に長州藩がロシア人の指導の下に作った造船所です。丙辰丸を作った後、一度閉鎖されますが、今度はオランダの造船技術を学び庚申丸を作りました。そのときの防波堤、つまりドックが今でも残っています。
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建物があった場所は今発掘中です。ガイドさんが、「発掘中で看板しかない」と言ったためか、雨がしとしと降っていたためか、降りたのは私ともう一人だけでした。江戸時代のドックなんてとっても珍しい遺構なんですけどね。

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つぎは、「萩反射炉」です。反射炉とは、石炭を燃やした熱を反射させて鉄を溶かし、大砲製造や造船に必要な鉄を鋳造するための施設です。長州藩は自力でどうにかしようと佐賀にあった反射炉を模して作ったそうですが、高さが10.5mしかなく試験炉と考えられています。韮山のは16mあり実際に稼働していたもので、日本に現存するのはこの二基だけです。

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前の部分は破損していますが、手前に燃焼室と熔解室がつきます。残っているのは煙突部分だけです。
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続いて「松下村塾」です。大河ドラマでもやっていた吉田松陰の私塾です。日本が近代化、産業化を成し遂げていく過程で重要な役割を担う人材を育成したと言うのが理由らしいですが、なんかこじつけくさい・・・。
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二部屋しかない小さな建物です。
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隣には、吉田松陰幽閉の旧宅(杉家旧宅)があります。アメリカへの密航に失敗した後で野山獄に閉じ込められ、その後謹慎生活をしたときに始めたのが松下村塾です。

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その奥が松陰神社です。途中で二度ほどお土産屋さんに寄っているのですが、割愛します。
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最後は、「萩城下町」です。観光でよく行くのは昔の町割がよく残っている北門外の中・下級武士の暮らした城下町です。革命志士の育った町ですが、産業革命遺産としてはちょっと?的なところの一つです。白壁の続く伊勢屋横町です。
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江戸屋横町にある木戸孝允旧宅です。
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なまこ壁が残るのは、菊屋横町にある藩の御用商人の菊屋家です。ここは有料で見学できて庭や美術品、民具、古書籍などが展示されていて、当時のの御用商人の暮らしがうかがえます。
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その通りには、高杉晋作旧宅もあります。とは言っても小屋か二軒残されているだけです。銅像も、高杉晋作とか、久坂玄瑞とか立っています。


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ついでに、大河ドラマで主役の小田村伊之助(楫取素彦)の旧宅跡もありましたが、残念ながら普通の家が建っていました。群馬県の初代県令だから見に行ってみたのですが、維新志士としてはあまり有名じゃなかったからなぁ。
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お昼は、よく分からないけど郷土料理の「けんちょう」(左手前の大根の煮付けみたいなもの)とか「ちしゃなます」(右手前のレタスみたいな菜もので酢味噌にあえて食べる)なんかがついてました。
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今回の最後は、島根の津和野です。定番の観光地ですが、雨のため人はほとんどいません。おまけにここで有名な鯉の泳ぐ用水路も工事のため濁ってます。写真で見ると長そうですが、この殿町は思ったより短いです。
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キリスト教会なんかもあります。
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今は町役場になっていますが、ここも大正の建物です。
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ここの拠点になるのは、お土産屋の「沙羅の木」です。ここも古い造りです。

相当前に似たコースに来ましたが、そのときは萩がちょっとで岩国錦帯橋とか瑠璃光寺なんかが日程に入っていました。どうも、今回は少しだけ雨にたたられているようです。

「中国地方世界遺産の旅」、その2 県外温泉36「萩温泉」

二日目は、まず、市内の「原爆ドーム」です。

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今日は自由時間なしと、あらかじめ言われるくらい予定がびっしりです。そのため原爆ドームも対岸から眺めるだけでした。時間があれば爆心地を確認しようと思っていたのですがダメでした。
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「原爆死戦没者慰霊碑」とその後ろの「平和の池」、さらに後ろに弥山から持ってきた平和の灯があります。

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次は、下関まで移動し「火の山公園」でお昼です。
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下関と言えばふぐ。と言うことで「ふく陶板焼き定食」です。ふぐ刺身(右)とふぐ陶板焼き(左)、その間に「鯨おばいけ」、手前には「ふぐ竜田揚げ」です。
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ここからは、関門海峡が見渡せます。関門橋の下には関門トンネルがあります。ここは源平合戦の地「壇の浦古戦場跡」でもあり、長州藩がアメリカ商船に大砲で砲撃をした「下関戦争の地」でもあります。奥には宮本武蔵と佐々木小次郎の決闘の地である「巌流島」があります。歴史に何度となく登場する地です。
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今回は、関門トンネルを下関側から門司側へ歩いて渡りました。Dscn8211
ここで一つネタばらし。人が写らないように撮ってますが、実はこんなバス一台分の人波の中に居ます。バスガイドよりも一足先に居るか、一番最後の添乗員さんの後に居るか、他の人がいなくなるまでぎりぎりまで残っているかそれなりに考えながら動いてます。
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そこから、門司港へ移動し門司レトロ地区を散策です。高いビルは門司レトロ展望台のある黒川紀章しがせっけいした「レトロハイマート」です。そのすぐ下には国際友好記念図書館、左側が旧門司税関です。ここは朝ドラ「あさが来た」の広岡浅子さんが炭鉱の石炭を運ぶのに使っていたところだそうです。
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反対側には、右に「旧大阪商船」、左に「旧門司三井倶楽部」があり、その奥には「旧JR九州本社ビル」その奥には現在工事中の「門司港駅」があります。これらは、明治後期から大正期に建てられた建物です。
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最後は、秋吉台です。カルスト台地です。春だったらみたい菫があったのに・・・。
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当然ですが、秋芳洞に入ります。昔来た時「しゅうほうどう」と説明があった気がするのですが、「あきよしどう」で良いようです。町名は秋芳町(しゅうほうちょう)ですが、大正天皇が命名した由緒正しき名前だそうです。
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鍾乳洞の中はなかなか写真は大変なのですが、一番有名な「百枚皿」はどうにかなったようです。
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更に、今日の宿は日本海側まで移動して「萩温泉」です。なかなかの移動距離です。

ここの温泉は無色透明の「ナトリウム・カルシウム-塩化物冷鉱泉」で、海水の成分にちょっと似てるかなって言う感じです。ちょっと塩っぱくてニオイはあまりありません。当然ですが沸かし湯で、循環、濾過、消毒ありですが、加水はしてません。内湯と露天風呂があり給水・排水は全て浴槽の中でやっていて、どちらにも掛け流し風な作りにしてあり、源泉をそのまま流し込んでいました。
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ここでの夕食も、「ふぐ会席」です。「ふぐ鉄皮和え」「ふぐ刺身」「ふぐ煮付け」「ふぐ一夜干し」「ふぐ唐揚げ」「ふぐ握り寿司」「ふぐ鍋」「ふぐ入り茶碗蒸し」「ふぐ真丈のお吸い物」「ふぐ釜飯」です。刺身などいくつかはお昼の方が美味しかった。

「中国地方世界遺産の旅」、その1

秋の旅行第二弾です。この時期は花も無くなり、茸も終わり、冬鳥はまだ少ないのでちょっと暇です。そんなわけで、お出掛けです。

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ツアーにしては珍しく最寄りの広島空港です。山の中に新しく作られた空港なので市内に出るのには時間がかかります。
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最初の目的地、宮島へフェリーで向かいます。逆光ですが、右寄りの一番高いところが宮島の最高峰の弥山です。
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厳島神社の鳥居が見えてきました。そろそろ宮島上陸です。
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お昼は買ってきたのですが、おまけで焼きガキがつきました。一息ついたら観光です。始発電車で来たのでここまで約6時間かかりました。
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ちょうど引き潮です。鳥居まで行くことが出来ますがまずは厳島神社です。

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東廻廊からの眺めはよく写真に撮られる場所の一つです。右は「摂社客神社」、左が「本殿」になります。
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狛犬はまるで獅子です。その奥に見えるのは入り口から最も近い所にある「摂社客神社」で海に少し突き出たところに「祓殿」があります。その奥に「拝殿」「弊殿」「本殿」と続きますが、見えるのは横に広い拝殿の屋根だけです。
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灯籠と左門客神社本殿の隙間から鳥居を眺めます。
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本殿は手前に「高舞台」があり、その奥が「祓殿」です。みんなが歩いているところも「平舞台」になります。「祓殿」の奥には、「拝殿」「弊殿」「本殿」が続きます。
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出口に向かう「西廻廊」です。この季節は比較的観光シーズンからは外れているので
あまり人はいません。実は前の方に自分たちの団体が居ます。写真を撮るために説明は聞きにくいのですが、一番後ろからゆっくりついて行ってます。

今日の見学地はここだけです。今回のツアーはバス2台で後発は次の飛行機で来ます。そんなわけで、先発の自分たちは普段よりも沢山時間があります。ツアーでは奇跡と言ってもいい自由時間がなんと約3時間!。これは普段行けないところに行くしかない。
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そんなわけで、弥山に登ります。厳島神社が海の中に建っているのは、宮島が神の山として考えられていたからで、今でも弥山はほぼ手つかずの自然のまま残されています。ここの世界遺産も「厳島神社」周辺だけでなく、神の山「弥山」も含めて指定されています。
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ロープウェイを乗り継いで山頂駅までつくと、綺麗に瀬戸内海を見渡すことが出来ます。
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山頂までは往復約1時間です。山頂手前には弘法大師ゆかりの神社が建てられています。その一つの霊火堂です。
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この中には、弘法大師が修行に使った火が1200年以上経った今でも燃え続けています。この火で湧かした霊水を飲むと万病に効くと言われています。燃え続ける火から恋人の聖地とも言われていますが、・・・(ρ_;)。ちなみに、広島平和記念公園の「平和の灯火」の元火です。
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神社から山頂付近は巨岩がごろごろしています。
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展望台からは周りが見渡せます。下を覗くと、かろうじて木々の隙間を通して厳島神社が見えていました。
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この日の夕食は、広島市内でお好み焼きでした。夜は近くの広島城まで散歩してきました。石垣と内濠以外は全て再建されたものですが、なかなか立派に復元されていました。

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