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沖縄、春のスミレ探し①

「めんそーれ、沖縄!」

昨日から沖縄です。
出だしから、高崎線の電車がずっと動かず、なんかいやな予感はしてたのですが、当たってしまいました。まだお日様をみていません。天気予報はずっと晴れだったのに(;_;)。
昨日は、遅い出発で、飛行機が着いて宿まで来たら真っ暗です。

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ミーバイ定食を食べて、お休みなさいでした。ちなみにミーバイは、ヤイトハタのことで、奄美大島で食べたネバリも同じ魚のようです。

今日は朝からパラパラしてて、ほぼずっと雨でした。かろうじてオキナワスミレとリュウキュウコスミレは見つけましたが、写真はしっかり撮れませんでした。今日は南部を中心に回ります。午前中はグスクロードに沿って城跡を周りながらのスミレ探しです。

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まずは、糸数城からスタートです。古い城らしく野面積みの石垣です。城壁で囲むと言うよりも山頂部分を城壁で区切ったような造りです。

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城門もアーチ門では無く、おそらく古いタイプのグスクなのだと思います。

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ここを登ると天気がよれれば海が見渡せて気持ちいいと思うのですが、今日は天気が悪いのであきらめます。登るのは禁止されていないようです。造りとしては登り石垣とか、城壁の内側の犬走りと呼ばれる部分の形態が残っているようです。と言うことはこっち側が城内です。

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続いて、玉城城です。ここは高い山の上にあります。元は石畳を登る道だったようですが、整備された階段を上っていきます。
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山頂にある門は自然石をくり抜いて造ってあります。その周りに石垣で主郭(本丸に当たる)を造っています。石垣も直したところは綺麗に積んでありますが、ほとんどが野面積みで古い形態の城だと思います。

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主郭の中は建物があったような形跡はよく分かりません。というより、右奥にも、正面にも、その裏側にも御獄(うたき)だらけです。沖縄のグスクは単純に軍事的なものというより祭祀的性格も持っていると言われ、玉城城も城としては小さく宗教的要素が大きかったのではないかと考えられているそうです。
本丸跡には琉球開闢の七岳の一つとされる「天つぎあまつぎ(雨つづ天つぎとも)御嶽(うたき)」があり、東御廻り(あがりうまーい)という巡礼行事の聖地となっていたそうです。

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城跡には沢山貝殻が落ちていました。ほとんど陸生貝、つまりカタツムリの貝殻です。一番目立つのは手前にある大きなアフリカマイマイの貝殻です。名前の通り外来種です。後ろ左の4つはおそらくパンダナマイマイの殻、葉の上はオキナワウスカワマイマイあたり、その右はオキナワヤマタニシでは無いかと思います。

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次は垣花城です。この地区には小さいグスクが並んでいたらしくあまり地図にも載っていませんし案内も出ていません。かろうじて案内の出ていたところに寄りました。ほとんど林に埋もれていて、外からは城だとは分かりませんでした。それでも門と一の郭、二の郭あたりは確認できます。

ちょっと城廻は一休みして、ヒージャー(湧き水)を見に行きます。7

一つ目は、仲村渠樋川(なかんだかりヒージャー)です。湧き水を使いやすいように石で造形し、奥に洗濯や行水の出来る場所を造っています。石灰岩地帯では地層の違いで湧き水のでる層が出来ます。そこを神聖なところとして祀り、水を大切に使ってきた文化の名残です。ガジュマルの木陰もその雰囲気を盛り上げてくれます。
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そのまま使うだけで無く煮炊きも出来るようになっています。色々なところに神聖な場所が造られているのって、なんか沖縄らしいところだと思います。

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こっちは垣花樋川(かきのはなヒージャー)です。ここは湧き水かそのまま農業用水になっています。

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少し上の方で湧いている水を石樋を造ってここに引いてきています。山の湧き水と違ってあまり冷たくありません。ここで水を汲んで午後の飲料水としました。
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ここで気になったのがこの花です。あまり見たことが無かったので写真に撮っておいて後で調べてみました。カッコウアザミという帰化植物のようです。
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次は知念大川(ちねんウッカー)です。カーは川とか井戸のことです。ここが知念城の入口の一つです。後から分かりましたが、普通は上の駐車場から向かうのが一般的みたいでした。
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知念城は展望がいい主郭の拝所周辺の石垣が改修中で立ち入り禁止でした。と言うよりも観光シーズンでは無い今が、石垣の修復にはいい時期なのかどこでも改修していました。門の周辺はOKでした。こっち側は表門に当たります。門の所は崩れないように木で補強されています。よく見ると門周辺と右側は石の積み方も色も違っていますが、右側は修復されたところです。

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裏門内側から見ると、沖縄民家でよく見られる内側の目隠し石垣があります。奥に表門が見えていでここにも目隠し石垣があります。ここは新城で、右のこんもりとした森の奥に元々あった古城があるそうです。

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ここではリュウキュウコスミレが綺麗に咲いていました。リュウキュウコスミレは城跡や石畳の隙間、墓地、町の片隅などどこにでもある一般的な沖縄のスミレです。

さて一休みして、世界遺産巡りに向かいます。

午後一は斉場御獄(せいふあうたき)です。緑の館セーファの駐車場から歩くのかと思ったら人が多いためそっちは通行止めになっていて、知念岬の駐車場から歩きました。石灰岩の岩場がそのまま聖域になっています。中には鳥居などの建物は無く、箇所のイビ(聖域)に香炉が置かれています。一カ所は道が崩れたため行けなくなっています。51
一番有名なのは、最奥の三角石で有名なサングーイ(三庫理)です。その奥は、もう一つの聖地である久高島を眺める一にある拝所です。
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その奥は、もう一つの聖地である久高島を眺める一にある拝所です。
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もう一方の道を進むとユインチ(寄満)と呼ばれる拝所に着きます。どちらも首里城内の部屋と同じ名前が付けられています。

次は中城城(なかぐすくじょう)です。
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沖縄のグスクの中でも一番当時の遺構が残ってているところです。中城村の高台に有り遠くからでも分かる城です。
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少し斜めから見ると城壁の大きさがよく分かります。左側は崖になっています。

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城の入口は、三の郭の脇にある裏門からです。ここを入るとウフーガ(大井戸)のある北の郭になります。
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石垣の上には登れませんがそれぞれの石垣の犬走りには登ることが出来ます。沖縄の城は日本本土の城の石垣のように櫓が有ったわけでは無く、石垣の内側に敵を攻撃するための犬走りが巡っています。二の郭石垣の犬走りから主郭である一の郭を眺めると、ここの特徴でもある石垣の角の尖りがよく分かります。
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一の郭(主郭)の一番奥は石垣と言うよりも自然の崖がそのまま利用されています。こっち側から攻めるのは無理ですね。

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城跡にはスミレが多いです。と言うより林になってしまうとスミレは生きられないので、他の植物の無いところに生えているので、亜熱帯気候だと必然的にそうなります。

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城内には至る所に御獄が設けられています。それぞれの郭に二、三箇所ある場合もあります。
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城の後ろには怪しい廃墟があります。中城城を紹介する写真には写らないように気を遣っているようです。ここは、廃墟フリークにはたまらないところでしょう。ほとんど城跡と接して造ってあります。昔、海洋博のために作られていたという中城高原ホテルが、建設途中に企業が倒産し て未完成のまま放置されているというものです。

次は、勝連城です。駐車城や休憩所などもありますが無料です。
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四の郭からは右にぐるっと回り込むような形で上の郭に道が付けられています。ここを登って四脚門跡から中に入ると城内という感じて、堀があれば内堀と二の丸のような関係になるのでしょう。
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二の郭には基壇が設けられていて、その上には礎石が残っています。ここに御殿が建てられていたものと思われます。一の郭は修復作業中でしたが、ここには拝所である御獄があります。

最後は、座喜味城です。麓の駐車場には歴史民俗資料館が有りますが、ここも無料です。沖縄は無料のところが多くて助かります。
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ここは世界遺産に登録されている城跡の中で一番小さな城です。石郭は二つでそれそれアーチ門をくぐって中に入ります。二の郭のアーチ門の右脇には香炉が置かれていてここが御獄のようです。

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座喜味城は石垣に犬走りは無く、石垣の上が幅広くなっていて、石垣の上を歩くことが出来ます。上から見ると屏風風に湾曲した沖縄独特の石積みがよく分かります。

明日は、やんばるの予定です。暗いうちからと考えていたのですが、雨そうなのでどうしよう。

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