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五島列島「3つの世界遺産を巡る旅」、その2

今日は一日で5つの島を駆け抜けます。Dscn9969
まずは早朝まだ暗いうちにホテルを出て、近くにある城跡を見に行きます。
ちなみに、大手のコンビニはほとんどなく、見かけるのはローカルコンビニのポフラです。Dscn9972
福江城(石田城)は、幕末の1863年に福江藩最後の藩主五島盛徳が完成させた五島氏の居城です。現在は五島市の中心街に位置していますが、築城当時は三方を海に囲まれた海城であったそうです。現存するのは石垣や堀の他、横町口蹴出門と横町橋などです。
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海に面した側には台場(砲台)が造られました。櫓跡のようですが、昔の地図と合わせるとここが台場のようです。
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今高校のある所(左の白い建物)が本丸の位置になります。右の城のような建物は二の丸の位置に建てられて天守代わりになっていた櫓のようです。

さて、宿を出発して市場見学と朝食です。
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市場見学はここからです。中には入れません。ここで捕れた高級魚の多くは長崎の方に送られるようです。
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朝食会場は「猟師食堂五島灘」です。朝は団体向けだけの営業らしいです。
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朝食で食べ放題と言われてもって感じです。猟師汁・イサキの刺身キビナゴ料理などが食べ放題でしたが、キビナゴは時期ではないらしく早々と用意してあったのは終わってしまいました。

ここから島巡りの始まりです。
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チャーター船というか海上タクシーで、福江島の福江港からまずは隣の久賀島に向かいます。久賀島は、島全てが「久賀島の集落」として「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成遺産です。島内の集落や潜伏キリシタン遺跡などが全て構成遺産になりました。今年世界遺産に登録されましたが、「長崎の教会群」として登録を目指していたものを「潜伏キリシタン」として構成を一部変えて登録されたので、そのあたりが微妙に違っています。
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この五輪地区は久賀島の中心部からは裏側にある隠れた漁村のような所で、今でも道路は通っていません。ここに隠れ住んで居た集落でした。港の奥にある教会の近くと反対側に今でも数軒しか家は建っていません。
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綺麗な方は新しく立てられた五輪教会です。実際にミサも行われていて中は見学出来ません。
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こっちが旧五輪教会堂として以前から世界遺産登録を目指していた建物です。外観は民家風で素朴な建物で、昔の学び舎のような懐かしい感じがします。1984年の台風で被害にあい、その傷みの激しさから取り壊される危機を迎えていましたが、地元住民たちの声によって保存されることが決定したということです。
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こちらは中も見学出来ます。外は民家風ですが、中はしっかりとした教会の造りになっています。椅子などはありませんが、正面にはマリア像なども昔のまま残されていて素朴な信仰の様子がうかがえます。

続いて次の奈留島に移動します。
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奈留島の中で構成遺産になっているのは「奈留島の江上集落(江上天主堂とその周辺)」です。この写真に写っているあたりが全て構成遺産となります。ただし、観光としては前から世界遺産を目指していた江上天主堂(右奥)が中心です。
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周辺に海や川があり、湿度が高いことから、通気をよくするために高床式を取り入れた造りになっている江上天主堂です。林の中に隠れるように建っています。現在の聖堂は、2001年に信徒たちがペンキなどを塗って修復したものですが、今年は建設から100年を迎えます。教会内は事前申込みをすれば見学出来ますが基本撮影禁止です。
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隣に建つ小学校は廃校になっています。ここの校庭が、見学者の駐車場として利用されています。
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道路は繋がっていますが島の中心部から離れた集落です。まだここで暮らしている人たちも居ますが、もう住まなくなった住居が多く見られます。波(風)よけに石で垣根を作り、風の影響が少ない造りだったようです。

またすぐに移動です。

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若松島にあるキリシタン洞窟を船上から見学です。崖に十字架とマリア像が置かれています。ここは船でしか行くことが出来ません。ツアーによっては実際に上陸することも出来るようです。
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裏から見ると洞窟になっています。明治のキリシタン迫害の際に、付近のカトリック信者は船でしか行けないこの険しい断崖の洞窟に隠れていたそうです。洞窟は足場が悪く、壁には何かを飾ったような跡が残っていて、ここでの生活があったことを物語っているそうです。

海上タクシーはここまで。若松島の若松港で下り、若松大橋を渡り、5つめの中通島に渡ります。

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すぐに桐教会に向かいます。海辺の高台に建つ桐教会からの眺める入江は、海の碧さはもちろん、水面にうつる桐教会や山々の美しい風景が訪れる人を楽しませてくれるそうです。でも、今日はあまり良い天気ではありません。
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ここは世界遺産ではない、新しく建てられた教会です。
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ここでハプニング発生!。ツアーバスのエンジンが掛からなくなりました。代替バスを手配しましたが、少し雨も降り出し最悪の状況です。とりあえずエンジンが復調しお昼の場所に向かいましたが、この時間ロスで買い物予定の「五島うどんの里」の立ち寄りがなくなりました。
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お昼は製麺所直営の五島うどん店です。食事の時間でバスを交換するようです。
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昼食は「海鮮丼と五島地獄炊きうどん」(写真は4人前)です。地獄炊きうどんは釜揚げうどん風に自分で茹でで頃合いを見計らって食べるというもので、汁としては、「あごだしつゆ」と「卵(カルボナーラ風)」の二つです。

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おまけですが、港や海岸では海の中に色とりどりの魚が居ます。対馬海流(暖流)の通り道なので暖かいようです。海の中は浅瀬にガンガゼかたくさんいました。

お昼も済んで最後の見学地です。
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構成遺産である「頭ヶ島の集落」の拠点は、今は使われなくなった上五島空港です。空港の建物がインフォメンションセンター(待合所・案内所)になっています。下の集落には、シャトルバスでの移動となります。
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構成遺産「頭ヶ島の集落」は空港部分を除く島全体です。赤い頭ヶ島大橋~こっち側が頭ヶ島です。下に見えている集落は田尻集落で、反対側には福浦集落と白浜集落があります。
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バスから見た白浜集落です。この集落の一番奥にあるのが頭ヶ島天主堂です。頭ヶ島は外海地域から各地へ広がった潜伏キリシタンの一部が、病人の療養地として人が近づかなかった頭ヶ島を移住の適地として選んで、仏教徒の開拓指導者のもとで信仰をカモフラージュしつつ移住し、ひそかに共同体を維持した地域です。
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頭ヶ島天主堂は、この地域で取れる砂岩を利用して建てられた日本では珍しい石造りの教会堂です。正面鐘塔上にある八角型のドームヶ目を引く教会です。
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周りにはキリシタンの歴史を物語る碑が建てられていて、中には拷問に使われた石も並べられています。
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海岸にはキリシタン墓地があります。

ここで、さらなるハプニング発生!。有川港から乗る予定だった長崎行きの高速船がエンジントラブルにより出港停止!。急遽、鯛ノ浦港から出る船に変更が出来たのでひと安心。おかげで時間が出来て「五島うどんの里」に寄る時間が出来た。
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あまり買い物には興味がないので、近くの海童神社へ。鳥居の後ろには、昔この辺りでたくさん獲れていた鯨(ナガスクジラ)の顎の骨です。
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帰りは双胴船です。こっちの方が揺れは少ないとか。それにしても、これがダメだったら長崎に帰る手段はあともうひとつの奈良尾港(ねるちゃんの住んでた町です)からしかなかった。一応飛行機には間に合いそうだけど・・・。

結局二日間で、自家用車~電車~ジェット機~プロペラジェット機~観光バス~海上タクシー~観光バス~シャトルバス~観光バス~双胴船~ジェット機~モノレール(~電車~自家用車)って、なんか乗り換えばっかりだった。

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最後の落ち・・・帰りの電車には乗れず、結局カプセルホテル泊まりになった。
(さらに詳しくは後でHPにて)






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