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「平戸・長崎・天草-潜伏キリシタン関連遺産と軍艦島クルーズ-」②

11月20日、二日目は、佐世保から長崎に向かいます。途中で西海大橋を通りました。

午前中は外海(そとめ)地区です。長崎からも佐世保からも離れたこの辺りは潜伏キリシタン関連遺産の登録地です。出津(しつ)集落と大野集落が登録地ですが、今回は出津地区です。
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外海歴史民俗資料館がスタート地点です。ここは、一階が外海地区の産業や歴史の紹介、2階が潜伏キリシタン関連の展示になっています。
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まずは出津教会堂です。1879年にド・ロ神父が出津に赴任し、信者と力をあわせ1882年に出津教会を完成させました。強い海風に耐えられるように屋根を低くした木造平屋で、正面と背面の両方に鐘楼があります。Dscn1152
正面からはこんな感じになります。石垣や階段などもなかなかしっかり造ってありますが、この辺りは石積集落景観としても興味深い所です。
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もう一ヶ所の見所は旧出津救助院です。ここはド・ロ神父が新たな技術を伝える場として使っていた場所です。右はマカロニ工場、真ん中が製粉工場、左が授産場(兼宿泊研修施設)です。奥には薬局もありました。Dscn1207
隣にはド・ロ神父が伝えた技術の関連資料が展示してあるド・ロ神父記念館があります。ここは元鰯網工場だった所です。
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出津教会堂の奥の建物が見える範囲当たりがほぼ登録地の集落ですか、墓地などの私有地が多く観光コースにはなっていません。
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大野教会は交通の便が悪いらしく、次に寄ったのはカトリック黒崎教会です。煉瓦造りの古い教会ですが、世界遺産登録地ではありません。出津地区とは岬の反対側にあり、ここもド・ロ神父の指導で建てられた教会です。遠藤周作の小説『沈黙』の舞台ともなった黒崎の地に建つ教会です。

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お昼は、外海地区には団体用の食事場所がないため、幕の内弁当でした。なんかこっちの名物弁当がよかったなぁ。

お昼過ぎには長崎に到着です。まずは、お決まりのグラバー園&大浦天主堂です。
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先にグラバー園ですが、ここはグラバー邸だけ見て残りはパスです。...グラバー園は明治近代遺産の登録地です。
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今回は大浦天主堂の資料館が整備されたのでこちら中心です。
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資料館は隣に建つ旧羅典神学校と旧長崎大司教館です。前は300円でグラバー園と繋がってましたが、暫定で500円、登録で100円と上がりグラバー園には行けなくなりました。

今回もコースに軍艦島クルーズが入ってました。端島こと軍艦島は明治近代遺産の中心となる登録地です。

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前回と同じブラックダイアモンド号です。Dscn1306
途中で長崎港内にある明治近代遺産登録地が幾つか見えます。一番目立つのはジャイアント・カンチレバークレーンです。他にも第三ドックや小菅造船所などが見られます。
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ここも明治近代遺産です。手前の高島(ここも明治近代遺産登録地)まで来ると軍艦島が見えてきます。
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残念なのは、桟橋が今年の台風で破壊されたために上陸出来なくなっていることです。ユネスコの許可が無いと修理が出来ない(一応来年2月予定)ので大変だそうです。
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でも、おかげで一回りしました。実は上陸すると南東側(石炭採掘工場側)しか見えません。最も特徴的なアパート群が立ち並ぶのは北西側です。こちら側からが一番軍艦島らしいとも言えます。
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北西側のアパート群は住居ではありますが、もう一つ防波堤の役割をしています。中央右の31号棟はそれが一番よく分かります。31号棟の左端にひときわ大きな窓がありますが、ここは窓ではなくて石炭採掘に伴い発生する捨石(通称ボタ)を捨てるための穴です。山の上には貯水塔、左端には端島神社が見えます。
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午後のため南東側は逆光でした。右端は端島小・中学校です。
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長崎に戻ってから、明日予定されていた平和公園に行きました。中国からの船が明日着くのでその前にという配慮です。


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今日の宿は長崎ワシントンホテルです。夕食は付きませんが、長崎新地中華街の端にあります。ホテル前にあるのは北門(玄武門)です。
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夕食は、長崎中華街の中にある江山楼です。ここのちゃんぽんが美味しいと前来たときにも聞いていたので是非行ってみたかった店です。
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これがここのちょっと高い方のちゃんぽんです。某チェーン店よりも奥深い味でした。...

最後にホテルから出でいた夜景ツアーで稲佐山からの夜景を見に行きました。日本三大夜景とか、新世界三大夜景とか、一千万ドルの夜景とか、色々言われているようです。
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町の中心部、一番明るいのは浦上川が長崎湾に注ぐ旭大橋あたりです。左の橋が稲佐橋、右側は長崎港です。
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町の南側の長崎港です。真ん中あたりにジャイアント・カンチレバークレーンがあります。湾の反対側の暗い所がグラバー園です。
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町の北側です。右端が稲佐橋付近で、真ん中少し左の赤い光りがある所の左側が浦上地区で、ここが爆心地になります。つまり、狙っていた造船所(南側)ではなくて町の反対側(北側)の居住地に原爆は落ちたと言うことになります。

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