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2018年11月

「平戸・長崎・天草-潜伏キリシタン関連遺産と軍艦島クルーズ-」③

11月21日、三日目は最終日です。午前中はほぼ移動時間です。長崎から一度カステラ屋に寄って、雲仙を通り過ぎ、フェリーに乗り換えて、天草に行き、さらに一時間。
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最後の日のお弁当もバスの中です。ちらし寿司にでっかい海老が入ってます。

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やっと着いたのが潜伏キリシタン登録地の長崎の崎津集落です。ここも集落全体が登録地になっています。
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厳しい弾圧とかも有り、今でもキリスト信者以外の家は一年中玄関に〆飾りをしています。
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町を見渡せる高台にあるのが諏訪神社です。ここからだと鳥居の先に教会が写ります。
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この神社の入口には、元は教会が建てられていた旧修道院が有り、表向きは神社の氏子や仏教徒として暮らしていたのが分かります。
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崎津教会は、ハルプ神父の希望でキリシタン弾圧の象徴である踏み絵が行われた庄屋宅跡に建てられ、踏み絵が行われた場所に祭壇があるそうです。半分は灰色のコンクリート造ですが、残りの半分は木造です。まだ中は畳が敷かれていて床に座ってミサが行われていました。
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最後は明治近代遺産登録地の三角西港です。明治三大築港の一つで、三池港が開港するまでは三池炭鉱の石炭を輸出するための港として使われました。港全体が世界遺産です。
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天草の石工が積んだ石積埠頭は、国の重要文化財でもあります。町には三面石張りの排水路ががあり、昔の建物もたくさん残っています。
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おまけの御輿来海岸ですが、夕焼けでも引き潮でもないので・・・。奥には雲仙岳が見えます。

ついでに自然観察。
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途中でよく咲いていたのはツルソバです。黒いのは虫こぶ・・・では無くて実です。そのほか、ツワブキなどもありました。
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こっちではイヌマキが街路樹としてたくさん植えられています。
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今回咲いていたのはナガバノタチツボスミレです。コタチツボスミレもあった場所なのですが、今回は見つかりませんでした。
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ヒイラギの花盛りでした。とても良い香りがしたのですぐに気がつきました。やっぱりミカン科です。
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植えられていたヒメリンゴが花をつけていました。花と実を撮ろうとしたのですが・・・。
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小っちゃなイチジクのような実をたくさんつけたアコウ。やっぱりこっちは暖かい・・・と言うよりも港なので植えたのかも。

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分からないスゲ・・・。シダも色々あったけどあまり写真は撮ってません。
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鳥はなかなか撮るチャンスがなかった。唯一撮ったのが・・・えっ、ウミガラス!・・・。どうせミズナギドリと思って撮ったのが違ったらしい。あと撮れなかったけど首を横に振って餌を食べてるサギがいたからヘラサギだと思う。

「平戸・長崎・天草-潜伏キリシタン関連遺産と軍艦島クルーズ-」②

11月20日、二日目は、佐世保から長崎に向かいます。途中で西海大橋を通りました。

午前中は外海(そとめ)地区です。長崎からも佐世保からも離れたこの辺りは潜伏キリシタン関連遺産の登録地です。出津(しつ)集落と大野集落が登録地ですが、今回は出津地区です。
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外海歴史民俗資料館がスタート地点です。ここは、一階が外海地区の産業や歴史の紹介、2階が潜伏キリシタン関連の展示になっています。
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まずは出津教会堂です。1879年にド・ロ神父が出津に赴任し、信者と力をあわせ1882年に出津教会を完成させました。強い海風に耐えられるように屋根を低くした木造平屋で、正面と背面の両方に鐘楼があります。Dscn1152
正面からはこんな感じになります。石垣や階段などもなかなかしっかり造ってありますが、この辺りは石積集落景観としても興味深い所です。
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もう一ヶ所の見所は旧出津救助院です。ここはド・ロ神父が新たな技術を伝える場として使っていた場所です。右はマカロニ工場、真ん中が製粉工場、左が授産場(兼宿泊研修施設)です。奥には薬局もありました。Dscn1207
隣にはド・ロ神父が伝えた技術の関連資料が展示してあるド・ロ神父記念館があります。ここは元鰯網工場だった所です。
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出津教会堂の奥の建物が見える範囲当たりがほぼ登録地の集落ですか、墓地などの私有地が多く観光コースにはなっていません。
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大野教会は交通の便が悪いらしく、次に寄ったのはカトリック黒崎教会です。煉瓦造りの古い教会ですが、世界遺産登録地ではありません。出津地区とは岬の反対側にあり、ここもド・ロ神父の指導で建てられた教会です。遠藤周作の小説『沈黙』の舞台ともなった黒崎の地に建つ教会です。

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お昼は、外海地区には団体用の食事場所がないため、幕の内弁当でした。なんかこっちの名物弁当がよかったなぁ。

お昼過ぎには長崎に到着です。まずは、お決まりのグラバー園&大浦天主堂です。
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先にグラバー園ですが、ここはグラバー邸だけ見て残りはパスです。...グラバー園は明治近代遺産の登録地です。
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今回は大浦天主堂の資料館が整備されたのでこちら中心です。
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資料館は隣に建つ旧羅典神学校と旧長崎大司教館です。前は300円でグラバー園と繋がってましたが、暫定で500円、登録で100円と上がりグラバー園には行けなくなりました。

今回もコースに軍艦島クルーズが入ってました。端島こと軍艦島は明治近代遺産の中心となる登録地です。

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前回と同じブラックダイアモンド号です。Dscn1306
途中で長崎港内にある明治近代遺産登録地が幾つか見えます。一番目立つのはジャイアント・カンチレバークレーンです。他にも第三ドックや小菅造船所などが見られます。
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ここも明治近代遺産です。手前の高島(ここも明治近代遺産登録地)まで来ると軍艦島が見えてきます。
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残念なのは、桟橋が今年の台風で破壊されたために上陸出来なくなっていることです。ユネスコの許可が無いと修理が出来ない(一応来年2月予定)ので大変だそうです。
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でも、おかげで一回りしました。実は上陸すると南東側(石炭採掘工場側)しか見えません。最も特徴的なアパート群が立ち並ぶのは北西側です。こちら側からが一番軍艦島らしいとも言えます。
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北西側のアパート群は住居ではありますが、もう一つ防波堤の役割をしています。中央右の31号棟はそれが一番よく分かります。31号棟の左端にひときわ大きな窓がありますが、ここは窓ではなくて石炭採掘に伴い発生する捨石(通称ボタ)を捨てるための穴です。山の上には貯水塔、左端には端島神社が見えます。
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午後のため南東側は逆光でした。右端は端島小・中学校です。
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長崎に戻ってから、明日予定されていた平和公園に行きました。中国からの船が明日着くのでその前にという配慮です。


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今日の宿は長崎ワシントンホテルです。夕食は付きませんが、長崎新地中華街の端にあります。ホテル前にあるのは北門(玄武門)です。
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夕食は、長崎中華街の中にある江山楼です。ここのちゃんぽんが美味しいと前来たときにも聞いていたので是非行ってみたかった店です。
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これがここのちょっと高い方のちゃんぽんです。某チェーン店よりも奥深い味でした。...

最後にホテルから出でいた夜景ツアーで稲佐山からの夜景を見に行きました。日本三大夜景とか、新世界三大夜景とか、一千万ドルの夜景とか、色々言われているようです。
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町の中心部、一番明るいのは浦上川が長崎湾に注ぐ旭大橋あたりです。左の橋が稲佐橋、右側は長崎港です。
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町の南側の長崎港です。真ん中あたりにジャイアント・カンチレバークレーンがあります。湾の反対側の暗い所がグラバー園です。
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町の北側です。右端が稲佐橋付近で、真ん中少し左の赤い光りがある所の左側が浦上地区で、ここが爆心地になります。つまり、狙っていた造船所(南側)ではなくて町の反対側(北側)の居住地に原爆は落ちたと言うことになります。

「平戸・長崎・天草-潜伏キリシタン関連遺産と軍艦島クルーズ-」①

朝3時発の羽田行きのバスに乗り、飛行機で佐賀空港に到着しました。Dscn0965
朝方の天気は今ひとつだったようですが、到着したときにはまあまあの天気でした。有明海の上を飛んだので、上からは海苔養殖の筏が広がっている様子が見えました。遠くの山は多聞岳あたりでしょうか。

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今回のツアーのメインは世界遺産です。潜伏キリシタン関連で4ヶ所、明治近代遺産で2ヶ所を回ります。

まずは平戸です。
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教会の多い長崎ですが、ここで有名な寺院と教会の見える風景です。手前には瑞雲禅寺があり、ここにも宣教師の墓があるようです。代表的な観光地ですが、今回世界遺産に指定された「平戸の聖地と集落」は、生月島側の「春日集落と安満岳」&「中江ノ島」なので、こちら側は登録地ではありません。
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そして寺院の後ろに写っていたカトリック平戸教会(平戸ザビエル記念教会)です。昭和6年に建てられたゴシック様式の立派な教会です。平戸は日本で初めて教会の建てられた地で、豊臣の禁教令の折にはたくさんの殉教者が出ました。観光地としては、平戸城主の松浦氏関係と、出島の前までオランダとの貿易で栄えていた町の歴史です。Dscn1014_2
平戸城主の松浦家から寄贈された資料等が展示されているのが松浦資料博物館です。この博物館があるのは松浦氏の私邸で、周りは石垣で囲まれた大名屋敷です。まあ、前回見たので今回はパス。

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日本の井戸とは違う六角井戸があります。またオランダ商館の近くにはオランダ井戸もあります。
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平戸オランダ商館は1609年に平戸に来たオランダ商人によって建てられたものです。復元された建物は1639年築造の倉庫で日本で最初の洋風建築物と言われています。その後、鎖国政策に伴いオランダ商会は長崎の出島に移っています。Dscn1025_2
近くにはオランダ塀なども残っています。この塀は砂石を平積みして、その上に貝殻と石炭を混ぜて作った漆喰のようなものを塗ってあります。

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平戸の最後は、田平天主堂です。もとは民家を仮聖堂としていましたが、1918年に鉄川与助により設計施工された教会ができました。多彩なレンガ積み手法、ススを塗った黒レンガによる装飾など、色々な見所がありますが、ここはステンドグラスが見事な教会です。
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気になったのは田平教会の墓地。立入禁止なので入口での撮影ですが、ちょっと珍しいお墓です。日本型の墓石の上に十字架が乗っているあまり見かけないものです。
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今日最後の立ち寄り場所は、九十九島が見える展海峰です。右側の町は今日の宿泊地の佐世保です。

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一日目の宿泊は佐世保ワシントンホテルです。ちょっと立派なビジネスホテルなので夕食は別料金(予約)でした。
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おまけで、佐世保の町中にあるカトリック三浦町教会です。
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夕食の事前予約はしなかったので町に食べに行きました。ホテルで教えてもらった店の中から和食系をチョイス。
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ここのオリジナルラベルの純米酒を飲みながら、刺身盛りと鶏唐(地鶏)と枝豆豆腐を頼みました。蛸わさはお通しです。刺身は太刀魚とひらすと鯛とのことでした。ひらすは関東で言うヒラマサらしいです。生け簀もあります。
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次に六十餘州の純米山田錦を飲みながら、牛蒡揚げと白すりみ揚げ(エソと蓮根)を・・・。この前五島列島に行ったときは店選びがイマイチだったので今回はちょっと気合いを入れて探しました。なので今回は当たりです。ただ、あとで三種揚げと言うのがあったのをを見つけてちょっと悔しかったけど・・・。

山梨へ

今日はいつもの飲み仲間に誘われての山梨旅行です。自分の町内の旅行に入ったことがないのに、人んちの町内旅行は企画が友人なので何度もついて行ってます。
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ミレーで有名な、開館40周年を迎える山梨県立美術館です。特別展はバルビゾン派のドービニーでした。
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園内の造りも、なかなか洒落ています。
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野外彫刻もなかなかすてきです。長野だけに林檎をモチーフにした現代アート作品です。
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なかなか可愛い雀の現代アート作品です。群馬県立美術館とは何でこんなに違うんだろう・・・。

お昼は美術館前の「小作」でほうとうを食べたました。

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その後は武田神社です。七五三のお参りがたくさんいます。
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もとは武田の館跡でした。館と言ってもほぼ城の造りで水堀があります。お城に詳しい同行者が説明してくれました。

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大手側は水堀ですが、それ以外は全て空堀で囲まれています。搦手側に回り込むと、門の石組みや虎口構造が分かります。こんなにしっかり城の縄張りが残っているとは思ってませんでした。

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最後はモンデ酒造で見学です。休日のため機械は動いていません。その後で色々なワインやジュース類を試飲しました。やっぱりワインは値段が高い方が美味しい!。

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