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旅行

「平戸・長崎・天草-潜伏キリシタン関連遺産と軍艦島クルーズ-」③

11月21日、三日目は最終日です。午前中はほぼ移動時間です。長崎から一度カステラ屋に寄って、雲仙を通り過ぎ、フェリーに乗り換えて、天草に行き、さらに一時間。
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最後の日のお弁当もバスの中です。ちらし寿司にでっかい海老が入ってます。

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やっと着いたのが潜伏キリシタン登録地の長崎の崎津集落です。ここも集落全体が登録地になっています。
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厳しい弾圧とかも有り、今でもキリスト信者以外の家は一年中玄関に〆飾りをしています。
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町を見渡せる高台にあるのが諏訪神社です。ここからだと鳥居の先に教会が写ります。
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この神社の入口には、元は教会が建てられていた旧修道院が有り、表向きは神社の氏子や仏教徒として暮らしていたのが分かります。
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崎津教会は、ハルプ神父の希望でキリシタン弾圧の象徴である踏み絵が行われた庄屋宅跡に建てられ、踏み絵が行われた場所に祭壇があるそうです。半分は灰色のコンクリート造ですが、残りの半分は木造です。まだ中は畳が敷かれていて床に座ってミサが行われていました。
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最後は明治近代遺産登録地の三角西港です。明治三大築港の一つで、三池港が開港するまでは三池炭鉱の石炭を輸出するための港として使われました。港全体が世界遺産です。
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天草の石工が積んだ石積埠頭は、国の重要文化財でもあります。町には三面石張りの排水路ががあり、昔の建物もたくさん残っています。
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おまけの御輿来海岸ですが、夕焼けでも引き潮でもないので・・・。奥には雲仙岳が見えます。

ついでに自然観察。
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途中でよく咲いていたのはツルソバです。黒いのは虫こぶ・・・では無くて実です。そのほか、ツワブキなどもありました。
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こっちではイヌマキが街路樹としてたくさん植えられています。
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今回咲いていたのはナガバノタチツボスミレです。コタチツボスミレもあった場所なのですが、今回は見つかりませんでした。
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ヒイラギの花盛りでした。とても良い香りがしたのですぐに気がつきました。やっぱりミカン科です。
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植えられていたヒメリンゴが花をつけていました。花と実を撮ろうとしたのですが・・・。
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小っちゃなイチジクのような実をたくさんつけたアコウ。やっぱりこっちは暖かい・・・と言うよりも港なので植えたのかも。

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分からないスゲ・・・。シダも色々あったけどあまり写真は撮ってません。
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鳥はなかなか撮るチャンスがなかった。唯一撮ったのが・・・えっ、ウミガラス!・・・。どうせミズナギドリと思って撮ったのが違ったらしい。あと撮れなかったけど首を横に振って餌を食べてるサギがいたからヘラサギだと思う。

「平戸・長崎・天草-潜伏キリシタン関連遺産と軍艦島クルーズ-」②

11月20日、二日目は、佐世保から長崎に向かいます。途中で西海大橋を通りました。

午前中は外海(そとめ)地区です。長崎からも佐世保からも離れたこの辺りは潜伏キリシタン関連遺産の登録地です。出津(しつ)集落と大野集落が登録地ですが、今回は出津地区です。
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外海歴史民俗資料館がスタート地点です。ここは、一階が外海地区の産業や歴史の紹介、2階が潜伏キリシタン関連の展示になっています。
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まずは出津教会堂です。1879年にド・ロ神父が出津に赴任し、信者と力をあわせ1882年に出津教会を完成させました。強い海風に耐えられるように屋根を低くした木造平屋で、正面と背面の両方に鐘楼があります。Dscn1152
正面からはこんな感じになります。石垣や階段などもなかなかしっかり造ってありますが、この辺りは石積集落景観としても興味深い所です。
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もう一ヶ所の見所は旧出津救助院です。ここはド・ロ神父が新たな技術を伝える場として使っていた場所です。右はマカロニ工場、真ん中が製粉工場、左が授産場(兼宿泊研修施設)です。奥には薬局もありました。Dscn1207
隣にはド・ロ神父が伝えた技術の関連資料が展示してあるド・ロ神父記念館があります。ここは元鰯網工場だった所です。
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出津教会堂の奥の建物が見える範囲当たりがほぼ登録地の集落ですか、墓地などの私有地が多く観光コースにはなっていません。
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大野教会は交通の便が悪いらしく、次に寄ったのはカトリック黒崎教会です。煉瓦造りの古い教会ですが、世界遺産登録地ではありません。出津地区とは岬の反対側にあり、ここもド・ロ神父の指導で建てられた教会です。遠藤周作の小説『沈黙』の舞台ともなった黒崎の地に建つ教会です。

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お昼は、外海地区には団体用の食事場所がないため、幕の内弁当でした。なんかこっちの名物弁当がよかったなぁ。

お昼過ぎには長崎に到着です。まずは、お決まりのグラバー園&大浦天主堂です。
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先にグラバー園ですが、ここはグラバー邸だけ見て残りはパスです。...グラバー園は明治近代遺産の登録地です。
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今回は大浦天主堂の資料館が整備されたのでこちら中心です。
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資料館は隣に建つ旧羅典神学校と旧長崎大司教館です。前は300円でグラバー園と繋がってましたが、暫定で500円、登録で100円と上がりグラバー園には行けなくなりました。

今回もコースに軍艦島クルーズが入ってました。端島こと軍艦島は明治近代遺産の中心となる登録地です。

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前回と同じブラックダイアモンド号です。Dscn1306
途中で長崎港内にある明治近代遺産登録地が幾つか見えます。一番目立つのはジャイアント・カンチレバークレーンです。他にも第三ドックや小菅造船所などが見られます。
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ここも明治近代遺産です。手前の高島(ここも明治近代遺産登録地)まで来ると軍艦島が見えてきます。
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残念なのは、桟橋が今年の台風で破壊されたために上陸出来なくなっていることです。ユネスコの許可が無いと修理が出来ない(一応来年2月予定)ので大変だそうです。
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でも、おかげで一回りしました。実は上陸すると南東側(石炭採掘工場側)しか見えません。最も特徴的なアパート群が立ち並ぶのは北西側です。こちら側からが一番軍艦島らしいとも言えます。
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北西側のアパート群は住居ではありますが、もう一つ防波堤の役割をしています。中央右の31号棟はそれが一番よく分かります。31号棟の左端にひときわ大きな窓がありますが、ここは窓ではなくて石炭採掘に伴い発生する捨石(通称ボタ)を捨てるための穴です。山の上には貯水塔、左端には端島神社が見えます。
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午後のため南東側は逆光でした。右端は端島小・中学校です。
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長崎に戻ってから、明日予定されていた平和公園に行きました。中国からの船が明日着くのでその前にという配慮です。


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今日の宿は長崎ワシントンホテルです。夕食は付きませんが、長崎新地中華街の端にあります。ホテル前にあるのは北門(玄武門)です。
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夕食は、長崎中華街の中にある江山楼です。ここのちゃんぽんが美味しいと前来たときにも聞いていたので是非行ってみたかった店です。
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これがここのちょっと高い方のちゃんぽんです。某チェーン店よりも奥深い味でした。...

最後にホテルから出でいた夜景ツアーで稲佐山からの夜景を見に行きました。日本三大夜景とか、新世界三大夜景とか、一千万ドルの夜景とか、色々言われているようです。
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町の中心部、一番明るいのは浦上川が長崎湾に注ぐ旭大橋あたりです。左の橋が稲佐橋、右側は長崎港です。
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町の南側の長崎港です。真ん中あたりにジャイアント・カンチレバークレーンがあります。湾の反対側の暗い所がグラバー園です。
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町の北側です。右端が稲佐橋付近で、真ん中少し左の赤い光りがある所の左側が浦上地区で、ここが爆心地になります。つまり、狙っていた造船所(南側)ではなくて町の反対側(北側)の居住地に原爆は落ちたと言うことになります。

「平戸・長崎・天草-潜伏キリシタン関連遺産と軍艦島クルーズ-」①

朝3時発の羽田行きのバスに乗り、飛行機で佐賀空港に到着しました。Dscn0965
朝方の天気は今ひとつだったようですが、到着したときにはまあまあの天気でした。有明海の上を飛んだので、上からは海苔養殖の筏が広がっている様子が見えました。遠くの山は多聞岳あたりでしょうか。

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今回のツアーのメインは世界遺産です。潜伏キリシタン関連で4ヶ所、明治近代遺産で2ヶ所を回ります。

まずは平戸です。
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教会の多い長崎ですが、ここで有名な寺院と教会の見える風景です。手前には瑞雲禅寺があり、ここにも宣教師の墓があるようです。代表的な観光地ですが、今回世界遺産に指定された「平戸の聖地と集落」は、生月島側の「春日集落と安満岳」&「中江ノ島」なので、こちら側は登録地ではありません。
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そして寺院の後ろに写っていたカトリック平戸教会(平戸ザビエル記念教会)です。昭和6年に建てられたゴシック様式の立派な教会です。平戸は日本で初めて教会の建てられた地で、豊臣の禁教令の折にはたくさんの殉教者が出ました。観光地としては、平戸城主の松浦氏関係と、出島の前までオランダとの貿易で栄えていた町の歴史です。Dscn1014_2
平戸城主の松浦家から寄贈された資料等が展示されているのが松浦資料博物館です。この博物館があるのは松浦氏の私邸で、周りは石垣で囲まれた大名屋敷です。まあ、前回見たので今回はパス。

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日本の井戸とは違う六角井戸があります。またオランダ商館の近くにはオランダ井戸もあります。
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平戸オランダ商館は1609年に平戸に来たオランダ商人によって建てられたものです。復元された建物は1639年築造の倉庫で日本で最初の洋風建築物と言われています。その後、鎖国政策に伴いオランダ商会は長崎の出島に移っています。Dscn1025_2
近くにはオランダ塀なども残っています。この塀は砂石を平積みして、その上に貝殻と石炭を混ぜて作った漆喰のようなものを塗ってあります。

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平戸の最後は、田平天主堂です。もとは民家を仮聖堂としていましたが、1918年に鉄川与助により設計施工された教会ができました。多彩なレンガ積み手法、ススを塗った黒レンガによる装飾など、色々な見所がありますが、ここはステンドグラスが見事な教会です。
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気になったのは田平教会の墓地。立入禁止なので入口での撮影ですが、ちょっと珍しいお墓です。日本型の墓石の上に十字架が乗っているあまり見かけないものです。
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今日最後の立ち寄り場所は、九十九島が見える展海峰です。右側の町は今日の宿泊地の佐世保です。

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一日目の宿泊は佐世保ワシントンホテルです。ちょっと立派なビジネスホテルなので夕食は別料金(予約)でした。
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おまけで、佐世保の町中にあるカトリック三浦町教会です。
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夕食の事前予約はしなかったので町に食べに行きました。ホテルで教えてもらった店の中から和食系をチョイス。
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ここのオリジナルラベルの純米酒を飲みながら、刺身盛りと鶏唐(地鶏)と枝豆豆腐を頼みました。蛸わさはお通しです。刺身は太刀魚とひらすと鯛とのことでした。ひらすは関東で言うヒラマサらしいです。生け簀もあります。
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次に六十餘州の純米山田錦を飲みながら、牛蒡揚げと白すりみ揚げ(エソと蓮根)を・・・。この前五島列島に行ったときは店選びがイマイチだったので今回はちょっと気合いを入れて探しました。なので今回は当たりです。ただ、あとで三種揚げと言うのがあったのをを見つけてちょっと悔しかったけど・・・。

山梨へ

今日はいつもの飲み仲間に誘われての山梨旅行です。自分の町内の旅行に入ったことがないのに、人んちの町内旅行は企画が友人なので何度もついて行ってます。
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ミレーで有名な、開館40周年を迎える山梨県立美術館です。特別展はバルビゾン派のドービニーでした。
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園内の造りも、なかなか洒落ています。
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野外彫刻もなかなかすてきです。長野だけに林檎をモチーフにした現代アート作品です。
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なかなか可愛い雀の現代アート作品です。群馬県立美術館とは何でこんなに違うんだろう・・・。

お昼は美術館前の「小作」でほうとうを食べたました。

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その後は武田神社です。七五三のお参りがたくさんいます。
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もとは武田の館跡でした。館と言ってもほぼ城の造りで水堀があります。お城に詳しい同行者が説明してくれました。

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大手側は水堀ですが、それ以外は全て空堀で囲まれています。搦手側に回り込むと、門の石組みや虎口構造が分かります。こんなにしっかり城の縄張りが残っているとは思ってませんでした。

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最後はモンデ酒造で見学です。休日のため機械は動いていません。その後で色々なワインやジュース類を試飲しました。やっぱりワインは値段が高い方が美味しい!。

五島列島「3つの世界遺産を巡る旅」、その2

今日は一日で5つの島を駆け抜けます。Dscn9969
まずは早朝まだ暗いうちにホテルを出て、近くにある城跡を見に行きます。
ちなみに、大手のコンビニはほとんどなく、見かけるのはローカルコンビニのポフラです。Dscn9972
福江城(石田城)は、幕末の1863年に福江藩最後の藩主五島盛徳が完成させた五島氏の居城です。現在は五島市の中心街に位置していますが、築城当時は三方を海に囲まれた海城であったそうです。現存するのは石垣や堀の他、横町口蹴出門と横町橋などです。
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海に面した側には台場(砲台)が造られました。櫓跡のようですが、昔の地図と合わせるとここが台場のようです。
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今高校のある所(左の白い建物)が本丸の位置になります。右の城のような建物は二の丸の位置に建てられて天守代わりになっていた櫓のようです。

さて、宿を出発して市場見学と朝食です。
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市場見学はここからです。中には入れません。ここで捕れた高級魚の多くは長崎の方に送られるようです。
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朝食会場は「猟師食堂五島灘」です。朝は団体向けだけの営業らしいです。
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朝食で食べ放題と言われてもって感じです。猟師汁・イサキの刺身キビナゴ料理などが食べ放題でしたが、キビナゴは時期ではないらしく早々と用意してあったのは終わってしまいました。

ここから島巡りの始まりです。
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チャーター船というか海上タクシーで、福江島の福江港からまずは隣の久賀島に向かいます。久賀島は、島全てが「久賀島の集落」として「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成遺産です。島内の集落や潜伏キリシタン遺跡などが全て構成遺産になりました。今年世界遺産に登録されましたが、「長崎の教会群」として登録を目指していたものを「潜伏キリシタン」として構成を一部変えて登録されたので、そのあたりが微妙に違っています。
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この五輪地区は久賀島の中心部からは裏側にある隠れた漁村のような所で、今でも道路は通っていません。ここに隠れ住んで居た集落でした。港の奥にある教会の近くと反対側に今でも数軒しか家は建っていません。
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綺麗な方は新しく立てられた五輪教会です。実際にミサも行われていて中は見学出来ません。
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こっちが旧五輪教会堂として以前から世界遺産登録を目指していた建物です。外観は民家風で素朴な建物で、昔の学び舎のような懐かしい感じがします。1984年の台風で被害にあい、その傷みの激しさから取り壊される危機を迎えていましたが、地元住民たちの声によって保存されることが決定したということです。
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こちらは中も見学出来ます。外は民家風ですが、中はしっかりとした教会の造りになっています。椅子などはありませんが、正面にはマリア像なども昔のまま残されていて素朴な信仰の様子がうかがえます。

続いて次の奈留島に移動します。
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奈留島の中で構成遺産になっているのは「奈留島の江上集落(江上天主堂とその周辺)」です。この写真に写っているあたりが全て構成遺産となります。ただし、観光としては前から世界遺産を目指していた江上天主堂(右奥)が中心です。
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周辺に海や川があり、湿度が高いことから、通気をよくするために高床式を取り入れた造りになっている江上天主堂です。林の中に隠れるように建っています。現在の聖堂は、2001年に信徒たちがペンキなどを塗って修復したものですが、今年は建設から100年を迎えます。教会内は事前申込みをすれば見学出来ますが基本撮影禁止です。
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隣に建つ小学校は廃校になっています。ここの校庭が、見学者の駐車場として利用されています。
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道路は繋がっていますが島の中心部から離れた集落です。まだここで暮らしている人たちも居ますが、もう住まなくなった住居が多く見られます。波(風)よけに石で垣根を作り、風の影響が少ない造りだったようです。

またすぐに移動です。

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若松島にあるキリシタン洞窟を船上から見学です。崖に十字架とマリア像が置かれています。ここは船でしか行くことが出来ません。ツアーによっては実際に上陸することも出来るようです。
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裏から見ると洞窟になっています。明治のキリシタン迫害の際に、付近のカトリック信者は船でしか行けないこの険しい断崖の洞窟に隠れていたそうです。洞窟は足場が悪く、壁には何かを飾ったような跡が残っていて、ここでの生活があったことを物語っているそうです。

海上タクシーはここまで。若松島の若松港で下り、若松大橋を渡り、5つめの中通島に渡ります。

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すぐに桐教会に向かいます。海辺の高台に建つ桐教会からの眺める入江は、海の碧さはもちろん、水面にうつる桐教会や山々の美しい風景が訪れる人を楽しませてくれるそうです。でも、今日はあまり良い天気ではありません。
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ここは世界遺産ではない、新しく建てられた教会です。
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ここでハプニング発生!。ツアーバスのエンジンが掛からなくなりました。代替バスを手配しましたが、少し雨も降り出し最悪の状況です。とりあえずエンジンが復調しお昼の場所に向かいましたが、この時間ロスで買い物予定の「五島うどんの里」の立ち寄りがなくなりました。
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お昼は製麺所直営の五島うどん店です。食事の時間でバスを交換するようです。
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昼食は「海鮮丼と五島地獄炊きうどん」(写真は4人前)です。地獄炊きうどんは釜揚げうどん風に自分で茹でで頃合いを見計らって食べるというもので、汁としては、「あごだしつゆ」と「卵(カルボナーラ風)」の二つです。

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おまけですが、港や海岸では海の中に色とりどりの魚が居ます。対馬海流(暖流)の通り道なので暖かいようです。海の中は浅瀬にガンガゼかたくさんいました。

お昼も済んで最後の見学地です。
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構成遺産である「頭ヶ島の集落」の拠点は、今は使われなくなった上五島空港です。空港の建物がインフォメンションセンター(待合所・案内所)になっています。下の集落には、シャトルバスでの移動となります。
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構成遺産「頭ヶ島の集落」は空港部分を除く島全体です。赤い頭ヶ島大橋~こっち側が頭ヶ島です。下に見えている集落は田尻集落で、反対側には福浦集落と白浜集落があります。
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バスから見た白浜集落です。この集落の一番奥にあるのが頭ヶ島天主堂です。頭ヶ島は外海地域から各地へ広がった潜伏キリシタンの一部が、病人の療養地として人が近づかなかった頭ヶ島を移住の適地として選んで、仏教徒の開拓指導者のもとで信仰をカモフラージュしつつ移住し、ひそかに共同体を維持した地域です。
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頭ヶ島天主堂は、この地域で取れる砂岩を利用して建てられた日本では珍しい石造りの教会堂です。正面鐘塔上にある八角型のドームヶ目を引く教会です。
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周りにはキリシタンの歴史を物語る碑が建てられていて、中には拷問に使われた石も並べられています。
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海岸にはキリシタン墓地があります。

ここで、さらなるハプニング発生!。有川港から乗る予定だった長崎行きの高速船がエンジントラブルにより出港停止!。急遽、鯛ノ浦港から出る船に変更が出来たのでひと安心。おかげで時間が出来て「五島うどんの里」に寄る時間が出来た。
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あまり買い物には興味がないので、近くの海童神社へ。鳥居の後ろには、昔この辺りでたくさん獲れていた鯨(ナガスクジラ)の顎の骨です。
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帰りは双胴船です。こっちの方が揺れは少ないとか。それにしても、これがダメだったら長崎に帰る手段はあともうひとつの奈良尾港(ねるちゃんの住んでた町です)からしかなかった。一応飛行機には間に合いそうだけど・・・。

結局二日間で、自家用車~電車~ジェット機~プロペラジェット機~観光バス~海上タクシー~観光バス~シャトルバス~観光バス~双胴船~ジェット機~モノレール(~電車~自家用車)って、なんか乗り換えばっかりだった。

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最後の落ち・・・帰りの電車には乗れず、結局カプセルホテル泊まりになった。
(さらに詳しくは後でHPにて)






五島列島「3つの世界遺産を巡る旅」、その1

今回のツアーの出発はゆっくりです。お昼過ぎに羽田空港を発ち、福岡空港まで。

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プロペラジェットに乗り換え、夕方にやっと五島列島の福江空港(五島つばき空港)に降り立ちました。
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夕食は付いていないので、近くのお店で焼き魚定食にしました。出来れば地元ならではのものが食べたかったなぁ

桜と北陸9名城巡り②

二日目は、福井城から始まります。

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福井城は、多くの都市でもよくあることですが、現在福井県庁になっています。建物はありませんが、本丸の内堀・石垣・天守台などが残っています。この辺りが搦め手から見た天守台方向になります。

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天守台は切込接の布積みです。真ん中に階段があります。(人がいない時を狙ったのですが、3団体来ていたので人が出てきてました。)
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天守台の隣には控天守台があります。真ん中あたりが崩れているのは1948年の福井地震によるものです。当時の地震の大きさを示すものとしてそのまま残されています。
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天守台近くに復元された御廊下橋です。ちょっと珍しい屋根付きの橋で、屋根には当時と同じ笏谷石(しゃくたにいし)の瓦が使われています。後ろの櫓門と合わせて8億5千万円かかったそうです。

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福井城から北ノ庄城までは町に残る城の痕跡などを見ながら進みました。途中で北陸新幹線開通で新しくなった福井駅を通りました。恐竜押しです。Dscn7740_2
北ノ庄城は江戸時代に福井城が建つ前の戦国時代に柴田勝家が建てた城です。北ノ庄城は柴田神社の下に埋まっています。神社には柴田勝家とお市の方、そして茶々・初・江の三姉妹の像があります。この下から発掘された石垣などの一部が見えるようになってていました。

次に、一乗谷朝倉氏遺跡に向かいます。
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一乗谷は東西約500メートル・南北約3キロメートルと狭い谷ですが、信長に滅ぼされる以前に越前国を支配していた朝倉氏の本拠地があった場所です。一乗谷朝倉氏遺跡は遺跡全体(面積278ヘクタール)が国の特別史跡、庭園が特別名勝、出土品が重要文化財に指定されています。谷に入るとずっと集落の遺跡が続いています。

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朝倉氏の館跡付近には、復原町並みとして約200mにわたり、当時の集落の様子が復元されています。復原町並みの中には、街道が通り侍屋敷や町屋が並んでいました。写っているのはいわば長屋形式の町屋です。Dscn7805
一乗谷川の橋(復元)をわたると朝倉氏の屋敷跡があります。桜の木の向こうに見える山の上には山城がありますが、道路が整備されているわけではないのでさすがにツアーで行ける範囲内ではありません。
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朝倉氏の館跡です。この唐門は現存する屋敷跡の入口です。中には建物の様子が発掘されていて、奥には庭園跡が残されています。この庭園跡が特別名勝の一つでこの建物の周辺にあと3つ残っています。さすがに、回れなかったので山城とこれは次の機会とします。

最近は天空の城としても有名になりつつある越前大野城です。
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越前大野城は、大野盆地にある標高約249mの亀山に築かれた平山城です。残っていたのは上部の石垣だけで、。どこでも水が湧き出すような雪深い盆地にあり、霧か出やすいため天守のある「天空の城」として有名になってきています。
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山頂には野面積みで出来た天守台の上に、望楼付きの2重3階の大天守に2重2階の小天守が再建されていますが、ここにあった天守を復元したものではありません。
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天守最上階の展望台からは大野盆地が見渡せます。周りには雪を被った山々が連なっています。左奥に白山があるはずですが…。

最後は今回一番の目的の丸岡城です。現存12天守の一つで、まだ出掛けていない最後の一つでした。
丸岡市街地の東に位置する小高い独立した丘陵に築かれた平山城で、近世に山麓部分が増築され、周囲に五角形の内堀が廻らされていた幼ですが、現在残っているのはこの天守だけです。この天守も昭和23年(1948年)の福井地震によって倒壊した後で、昭和30年(1955年)に部材を組みなおして修復再建されました。その時に少し改変されてしまったところもあるようです。

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独立式望楼型2重3階で、1階平面を天守台に余分を持たせて造られているため天守台を被せるような腰屋根が掛けられています。大入母屋の上に廻り縁のある小さな望楼を載せた古式の外観からで現存最古の天守と言われています。
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内部は展示室になっていてます。柱は一部当時のものを使っているようですが、所々新しいものも見られます。通し柱はなく、そのために地震に弱かったとも言われています。階段は当時のまま急角度でつけられているため、ロープが取り付けられています。
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屋根瓦には笏谷石(しゃくたにいし)製の石瓦が寒冷地であるという気候事情により葺かれているといわれています。どこか屋根が見えるところがないか探していたのですが、2階の窓から見ることができました。

城については、HPでさらに詳しくまとめます。


桜と北陸9名城巡り①

最後の現存12天守を見に北陸9城巡りツアーに参加しました。朝一の飛行機で小松空港に向かいましたが、また雷雨のため条件付きの出発です。

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とはいえ無事小松空港に着き、最初の見学地の安宅住吉神社へ参拝です。
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ここは難関突破の名所だそうです。簡単に言うと勧進帳の舞台です。

さて、ここからが城巡りです。今日は富山県と石川県です。
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まずは富山城址公園です。富山市中心部にある、富山藩前田家の居城・富山城の城跡に整備された公園です。ただし、天守は戦後になって建設された資料館で、当時の姿を残すものは堀と石垣です。

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まだ雨は降り続いてますが、展望台からは富山の町が見渡せます。
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右の野面積みの石垣は当時の遺跡ですが、天守下の石垣は綺麗に積み直したものです。枡形になっている天守下の石垣には当時の鏡石が組み込まれています。
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この門は、御殿にあった千歳御門(埋門)をここに移築したものです。総欅造りの薬医門で、江戸時代の門です。隣の小さな門が埋門です。

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次は、高岡古城公園です。ここは建造物はほとんど残っていませんが、100名城にも入っています。富山城が焼失したあとに築城し、約5年の夏の陣後に廃城になった。
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それでも100名城に選ばれているのは、廃城後も軍事拠点としての機能は密かに維持されて来たため、当時の水堀や曲輪などの縄張りがほぼ当時のまま残されているからです。ここは三の丸と本丸の間の堀になります。
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当時の建造物として残っているのは、二の丸から本丸(右側)に渡る道の下の石垣です。犬走りも少し残っています。
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反対側の石垣を本丸側の犬走りに下りて見ました。野面積みの石垣で表面には刻印なども残されています。

次も、100名城の一つである七尾城です。七尾城は七尾湾と富山湾に挟まれた城山の山頂に築かれた山城です。本来の入口は富山湾側ですが、駐車場は七尾氏側の本丸下にあります。
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山頂は長屋敷跡がありますが、城のあった方へ入っていきます。杉林の中に立派に石垣が見えてきます。ここは本丸手前の桜馬場北側の斜面になります。
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桜馬場と遊佐屋敷の間には石垣が残されています。
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本丸広場の最も高いところに今は神社が祀られています。Dscn7522
桜馬場と二の丸の間は枡形虎口になっていてここにあるのが九尺石です。大手門に置かれる鏡石の様なものです。
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まだ天気は回復しませんが、駐車場からは七尾南湾方向がよく見えます。

今日の最後は金沢城です。冬にも来ているので今回は石垣巡りがメインです。

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まだ僅かに桜が残る石川門は金沢城の現在の表門です。手前の百間堀を挟んでこちら側には兼六園があります。
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石川門枡形内の石垣です。右は切石積み(切込接ぎ)で左が粗加工石積み(打込接)になっていてます。

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再建された橋爪門・五十間長屋・菱櫓は綺麗に積み直されていますが、菱櫓から奥の二の丸石垣のは古い粗加工石積み(打込接)があります。排水の樋も残っています。
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よく見ると石垣の表面には刻印がたくさん見えます。この辺りの石垣のほぼ半分に刻印がありそれがこの五倍くらい続いています。
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本丸の戌亥櫓石垣です。粗加工石積みですが、間に詰めた石が長い年月の間に抜け落ちてしまっています。
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本丸口にある鶴丸倉庫付近の二重になった石垣です。奥にかすかに陸軍が作った煉瓦のトンネルが見えています。ここも歴史を感じる石垣です。
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東の丸北面(丑寅櫓)石垣は、金沢城の中でも最も古い石垣と言われるもので、自然石積み(野面積み)で造られた石垣です。
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最後に、翌朝の散歩で出掛けた外側の石垣です。本丸の辰巳櫓付近の石垣で、金沢城で最も高い石垣と言われています。ただし、明治期に積み直されているので当時の姿とは違っています。

山陰へ②

今日は2日目です。天気は微妙ですが雨はどうにか避けられそうです。Dscn0475
移動途中で寄るお菓子御殿はおまけみたいなもの。まだお腹も減っていないのですが、朝からつまみ食いです。
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今回のもう一つの目的は足立美術館です。もう少し山間にあるのだと思っていたのですが、周りは普通に田んぼなのにはビックリ。中は広くて2時間くらいじゃ足りませんでした。

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ここの見所は季節ごとの日本画の展示(撮影禁止)と、なんと言っても日本一の庭園です。曇り空ですが後ろの山を借景にしています。Dscn0523
あまり人がいないのでパノラマにも挑戦してみました。Dscn0503
窓枠から一枚の絵のように庭園を切り取って魅せています。タイミングが良かったらしくガラガラで、「昼間なのに観光バスが一台しか居ないなんて」とガイドさんがビックリしていました。おかげでゆっくり見ることができました。Dscn0531
昼食は、オプションで頼んでおいた出雲蕎麦御膳です。
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もう一ヶ所は、こっちも久しぶりの出雲大社です。正式参拝だと、旧大社駅から三つの鳥居(石・木・鉄)をくくりたどり着くのですが、脇からの参拝なので本殿のある四の鳥居(銅)からの参拝です。鳥居の左側が拝殿、正面奥の屋根が本殿、後ろの山が八雲山です。

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現在の拝殿は昭和34年に総檜造りで再建されたものです。ここも遷宮の後ですが、建て替えはしません。一般の神社での作法は「二礼二拍手一礼」ですが出雲大社は「二礼四拍手一礼」です。
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廻廊に囲まれた中に本殿があります。参拝するのは八足門までで中には入れません。八足門の前には、48mあったと言われる古代の本殿の御柱の位置が記されていました。
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横から見た本殿です。大社造りと呼ばれる日本最古の神社建築様式です。この間60年に一度の御遷宮(屋根の葺替)が行われたばかりなので綺麗です。御利益を期待して(^_^;)お守りも買いました。効果があると良いんだけど・・・。Dscn0596_2
ここもゆっくりだったので、神故館(宝物殿)も見てきました。ここには看板にある古代の御本殿の「発掘された巨大な御本殿の御柱」が展示されているので本物を見ることができます。

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帰りは「出雲縁結び空港」です。

山陰へ① 県外温泉45「三朝温泉」

今年最初の旅行は山陰へ。
今回も低気圧を飛び越えました。またもや条件付きでしたが、無事目的地(何故か、岡山)へ着きました。ここから山陰まではバス移動です。Dscn0439

夕方になってやっと今回の一つ目の観光地の鳥取砂丘に着きました。久しぶりの鳥取砂丘です。青森の猿ヶ森砂丘(自衛隊演習地につき立入禁止)に次ぎ、日本で二番目に大きい砂丘です。雪が積もってるかと思いましたが、無くて良かった。
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こんな天気でも風紋は見えました。Dscn0456
今回の目的の一つは夕食です。前回の「カニ食べ放題」が美味しくなかったので、またまたカニを食べにやって来ました。食事場所は兵庫県の浜坂港です。Dscn0459
今回はタグ付き蟹です。定番らしく、昨年も来たという人が居た位なので、前回みたいな事は無いでしょう。

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中央にタグ付きガニが丸ごと一杯、左にはカニすき、右には焼きガニ&アワビ姿焼き、カニ手前には甘エビとカニの刺身です。カニすきは後で雑炊にするので右に卵と葱が置いてあります。あとカニ汁も食べ放題でした。1500円で飲み放題がつけられますが、ここは市場の為悪酔いしそうにものばかりなのでやめました。

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宿泊は三朝ロイヤルホテルでした。ツアーの案内では三朝温泉の旅館でしたが、混んでいた為に一部は少し離れたこっちに泊まることになりました。でも、温泉はしっかりあります。

男女入れ替えがありどちらも入りましたが、感じとしては、昔の旅館の大浴槽を二つに分けて使っているようでした。泉質は無味無臭無色の単純泉ですが、ここの売りはラドンの含有量が世界有数の「ラジウム泉」です。広々とした大浴場と露天風呂だけでなく、そのラジウム泉を霧状にする事で、呼吸や直接肌から多く吸収する事ができ、細胞や毛細血管に働きかける効果が高まると書いてある「ミストハウス」も有ります。加水はしていませんが、湧出温度が低めなので加温・循環・消毒をしています。

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