最近のトラックバック

ホームページ

旅行

五島列島「3つの世界遺産を巡る旅」、その2

今日は一日で5つの島を駆け抜けます。Dscn9969
まずは早朝まだ暗いうちにホテルを出て、近くにある城跡を見に行きます。
ちなみに、大手のコンビニはほとんどなく、見かけるのはローカルコンビニのポフラです。Dscn9972
福江城(石田城)は、幕末の1863年に福江藩最後の藩主五島盛徳が完成させた五島氏の居城です。現在は五島市の中心街に位置していますが、築城当時は三方を海に囲まれた海城であったそうです。現存するのは石垣や堀の他、横町口蹴出門と横町橋などです。
Dscn9994
海に面した側には台場(砲台)が造られました。櫓跡のようですが、昔の地図と合わせるとここが台場のようです。
Dscn9999_2
今高校のある所(左の白い建物)が本丸の位置になります。右の城のような建物は二の丸の位置に建てられて天守代わりになっていた櫓のようです。

さて、宿を出発して市場見学と朝食です。
Dscn0018
市場見学はここからです。中には入れません。ここで捕れた高級魚の多くは長崎の方に送られるようです。
Dscn0025_2
朝食会場は「猟師食堂五島灘」です。朝は団体向けだけの営業らしいです。
Dscn0029
朝食で食べ放題と言われてもって感じです。猟師汁・イサキの刺身キビナゴ料理などが食べ放題でしたが、キビナゴは時期ではないらしく早々と用意してあったのは終わってしまいました。

ここから島巡りの始まりです。
Dscn0042
チャーター船というか海上タクシーで、福江島の福江港からまずは隣の久賀島に向かいます。久賀島は、島全てが「久賀島の集落」として「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の構成遺産です。島内の集落や潜伏キリシタン遺跡などが全て構成遺産になりました。今年世界遺産に登録されましたが、「長崎の教会群」として登録を目指していたものを「潜伏キリシタン」として構成を一部変えて登録されたので、そのあたりが微妙に違っています。
Dscn0041
この五輪地区は久賀島の中心部からは裏側にある隠れた漁村のような所で、今でも道路は通っていません。ここに隠れ住んで居た集落でした。港の奥にある教会の近くと反対側に今でも数軒しか家は建っていません。
Dscn0050
綺麗な方は新しく立てられた五輪教会です。実際にミサも行われていて中は見学出来ません。
Dscn0066
こっちが旧五輪教会堂として以前から世界遺産登録を目指していた建物です。外観は民家風で素朴な建物で、昔の学び舎のような懐かしい感じがします。1984年の台風で被害にあい、その傷みの激しさから取り壊される危機を迎えていましたが、地元住民たちの声によって保存されることが決定したということです。
Dscn0063
こちらは中も見学出来ます。外は民家風ですが、中はしっかりとした教会の造りになっています。椅子などはありませんが、正面にはマリア像なども昔のまま残されていて素朴な信仰の様子がうかがえます。

続いて次の奈留島に移動します。
Dscn0086
奈留島の中で構成遺産になっているのは「奈留島の江上集落(江上天主堂とその周辺)」です。この写真に写っているあたりが全て構成遺産となります。ただし、観光としては前から世界遺産を目指していた江上天主堂(右奥)が中心です。
Dscn0104
周辺に海や川があり、湿度が高いことから、通気をよくするために高床式を取り入れた

造りになっている江上

天主堂です。林の中に隠れるように建っています。現在の聖堂は、2001年に信徒たちがペンキなどを塗って修復したものですが、今年は建設から100年を迎えます。教会内は事前申込みをすれば見学出来ますが基本撮影禁止です。
Dscn0108
隣に建つ小学校は廃校になっています。ここの校庭が、見学者の駐車場として利用されています。
Dscn0094
道路は繋がっていますが島の中心部から離れた集落です。まだここで暮らしている人たちも居ますが、もう住まなくなった住居が多く見られます。波(風)よけに石で垣根を作り、風の影響が少ない造りだったようです。

またすぐに移動です。

Dscn0134
若松島にあるキリシタン洞窟を船上から見学です。崖に十字架とマリア像が置かれています。ここは船でしか行くことが出来ません。ツアーによっては実際に上陸することも出来るようです。
Dscn0137
裏から見ると洞窟になっています。明治のキリシタン迫害の際に、付近のカトリック信者は船でしか行けないこの険しい断崖の洞窟に隠れていたそうです。洞窟は足場が悪く、壁には何かを飾ったような跡が残っていて、ここでの生活があったことを物語っているそうです。

海上タクシーはここまで。若松島の若松港で下り、若松大橋を渡り、5つめの中通島に渡ります。

Dscn0154
すぐに桐教会に向かいます。海辺の高台に建つ桐教会からの眺める入江は、海の碧さはもちろん、水面にうつる桐教会や山々の美しい風景が訪れる人を楽しませてくれるそうです。でも、今日はあまり良い天気ではありません。
Dscn0145
ここは世界遺産ではない、新しく建てられた教会です。
Dscn0143
ここでハプニング発生!。ツアーバスのエンジンが掛からなくなりました。代替バスを手配しましたが、少し雨も降り出し最悪の状況です。とりあえずエンジンが復調しお昼の場所に向かいましたが、この時間ロスで買い物予定の「五島うどんの里」の立ち寄りがなくなりました。
Dscn0160
お昼は製麺所直営の五島うどん店です。食事の時間でバスを交換するようです。
Dscn0161
昼食は「海鮮丼と五島地獄炊きうどん」(写真は4人前)です。地獄炊きうどんは釜揚げうどん風に自分で茹でで頃合いを見計らって食べるというもので、汁としては、「あごだしつゆ」と「卵(カルボナーラ風)」の二つです。

Dscn0164
おまけですが、港や海岸では海の中に色とりどりの魚が居ます。対馬海流(暖流)の通り道なので暖かいようです。海の中は浅瀬にガンガゼかたくさんいました。

お昼も済んで最後の見学地です。
Dscn0167
構成遺産である「頭ヶ島の集落」の拠点は、今は使われなくなった上五島空港です。空港の建物がインフォメンションセンター(待合所・案内所)になっています。下の集落には、シャトルバスでの移動となります。
Dscn0166
構成遺産「頭ヶ島の集落」は空港部分を除く島全体です。赤い頭ヶ島大橋~こっち側が頭ヶ島です。下に見えている集落は田尻集落で、反対側には福浦集落と白浜集落があります。
Dscn0185
バスから見た白浜集落です。この集落の一番奥にあるのが頭ヶ島天主堂です。頭ヶ島は外海地域から各地へ広がった潜伏キリシタンの一部が、病人の療養地として人が近づかなかった頭ヶ島を移住の適地として選んで、仏教徒の開拓指導者のもとで信仰をカモフラージュしつつ移住し、ひそかに共同体を維持した地域です。
Dscn0192
頭ヶ島天主堂は、この地域で取れる砂岩を利用して建てられた日本では珍しい石造りの教会堂です。正面鐘塔上にある八角型のドームヶ目を引く教会です。
Dscn0195
周りにはキリシタンの歴史を物語る碑が建てられていて、中には拷問に使われた石も並べられています。
Dscn0218
海岸にはキリシタン墓地があります。

ここで、さらなるハプニング発生!。有川港から乗る予定だった長崎行きの高速船がエンジントラブルにより出港停止!。急遽、鯛ノ浦港から出る船に変更が出来たのでひと安心。おかげで時間が出来て「五島うどんの里」に寄る時間が出来た。
Dscn0228
あまり買い物には興味がないので、近くの海童神社へ。鳥居の後ろには、昔この辺りでたくさん獲れていた鯨(ナガスクジラ)の顎の骨です。
Dscn0234
帰りは双胴船です。こっちの方が揺れは少ないとか。それにしても、これがダメだったら長崎に帰る手段はあともうひとつの奈良尾港(ねるちゃんの住んでた町です)からしかなかった。一応飛行機には間に合いそうだけど・・・。

結局二日間で、自家用車~電車~ジェット機~プロペラジェット機~観光バス~海上タクシー~観光バス~シャトルバス~観光バス~双胴船~ジェット機~モノレール(~電車~自家用車)って、なんか乗り換えばっかりだった。

Dscn0241
最後の落ち・・・帰りの電車には乗れず、結局カプセルホテル泊まりになった。
(さらに詳しくは後でHPにて)








五島列島「3つの世界遺産を巡る旅」、その1

今回のツアーの出発はゆっくりです。お昼過ぎに羽田空港を発ち、福岡空港まで。

Dscn9961
プロペラジェットに乗り換え、夕方にやっと五島列島の福江空港(五島つばき空港)に降り立ちました。
Dscn9967
夕食は付いていないので、近くのお店で焼き魚定食にしました。出来れば地元ならではのものが食べたかったなぁ

桜と北陸9名城巡り②

二日目は、福井城から始まります。

Dscn7680
福井城は、多くの都市でもよくあることですが、現在福井県庁になっています。建物はありませんが、本丸の内堀・石垣・天守台などが残っています。この辺りが搦め手から見た天守台方向になります。

Dscn7693
天守台は切込接の布積みです。真ん中に階段があります。(人がいない時を狙ったのですが、3団体来ていたので人が出てきてました。)
Dscn7695
天守台の隣には控天守台があります。真ん中あたりが崩れているのは1948年の福井地震によるものです。当時の地震の大きさを示すものとしてそのまま残されています。
Dscn7711

天守台近くに復元された御廊下橋です。ちょっと珍しい屋根付きの橋で、屋根には当時と同じ笏谷石(しゃくたにいし)の瓦が使われています。後ろの櫓門と合わせて8億5千万円かかったそうです。

Dscn7726_2
福井城から北ノ庄城までは町に残る城の痕跡などを見ながら進みました。途中で北陸新幹線開通で新しくなった福井駅を通りました。恐竜押しです。Dscn7740_2
北ノ庄城は江戸時代に福井城が建つ前の戦国時代に柴田勝家が建てた城です。北ノ庄城は柴田神社の下に埋まっています。神社には柴田勝家とお市の方、そして茶々・初・江の三姉妹の像があります。この下から発掘された石垣などの一部が見えるようになってていました。

次に、一乗谷朝倉氏遺跡に向かいます。
Dscn7761
一乗谷は東西約500メートル・南北約3キロメートルと狭い谷ですが、信長に滅ぼされる以前に越前国を支配していた朝倉氏の本拠地があった場所です。一乗谷朝倉氏遺跡は遺跡全体(面積278ヘクタール)が国の特別史跡、庭園が特別名勝、出土品が重要文化財に指定されています。谷に入るとずっと集落の遺跡が続いています。

Dscn7790
朝倉氏の館跡付近には、復原町並みとして約200mにわたり、当時の集落の様子が復元されています。復原町並みの中には、街道が通り侍屋敷や町屋が並んでいました。写っているのはいわば長屋形式の町屋です。Dscn7805
一乗谷川の橋(復元)をわたると朝倉氏の屋敷跡があります。桜の木の向こうに見える山の上には山城がありますが、道路が整備されているわけではないのでさすがにツアーで行ける範囲内ではありません。
Dscn7814
朝倉氏の館跡です。この唐門は現存する屋敷跡の入口です。中には建物の様子が発掘されていて、奥には庭園跡が残されています。この庭園跡が特別名勝の一つでこの建物の周辺にあと3つ残っています。さすがに、回れなかったので山城とこれは次の機会とします。

最近は天空の城としても有名になりつつある越前大野城です。
Dscn7833
越前大野城は、大野盆地にある標高約249mの亀山に築かれた平山城です。残っていたのは上部の石垣だけで、。どこでも水が湧き出すような雪深い盆地にあり、霧か出やすいため天守のある「天空の城」として有名になってきています。
Dscn7862
山頂には野面積みで出来た天守台の上に、望楼付きの2重3階の大天守に2重2階の小天守が再建されていますが、ここにあった天守を復元したものではありません。
Dscn7877
天守最上階の展望台からは大野盆地が見渡せます。周りには雪を被った山々が連なっています。左奥に白山があるはずですが…。

最後は今回一番の目的の丸岡城です。現存12天守の一つで、まだ出掛けていない最後の一つでした。
丸岡市街地の東に位置する小高い独立した丘陵に築かれた平山城で、近世に山麓部分が増築され、周囲に五角形の内堀が廻らされていた幼ですが、現在残っているのはこの天守だけです。この天守も昭和23年(1948年)の福井地震によって倒壊した後で、昭和30年(1955年)に部材を組みなおして修復再建されました。その時に少し改変されてしまったところもあるようです。

Dscn7907
独立式望楼型2重3階で、1階平面を天守台に余分を持たせて造られているため天守台を被せるような腰屋根が掛けられています。大入母屋の上に廻り縁のある小さな望楼を載せた古式の外観からで現存最古の天守と言われています。
Dscn7919
内部は展示室になっていてます。柱は一部当時のものを使っているようですが、所々新しいものも見られます。通し柱はなく、そのために地震に弱かったとも言われています。階段は当時のまま急角度でつけられているため、ロープが取り付けられています。
Dscn7949
屋根瓦には笏谷石(しゃくたにいし)製の石瓦が寒冷地であるという気候事情により葺かれているといわれています。どこか屋根が見えるところがないか探していたのですが、2階の窓から見ることができました。

城については、HPでさらに詳しくまとめます。


桜と北陸9名城巡り①

最後の現存12天守を見に北陸9城巡りツアーに参加しました。朝一の飛行機で小松空港に向かいましたが、また雷雨のため条件付きの出発です。

Dscn7390
とはいえ無事小松空港に着き、最初の見学地の安宅住吉神社へ参拝です。
Dscn7394
ここは難関突破の名所だそうです。簡単に言うと勧進帳の舞台です。

さて、ここからが城巡りです。今日は富山県と石川県です。
Dscn7436
まずは富山城址公園です。富山市中心部にある、富山藩前田家の居城・富山城の城跡に整備された公園です。ただし、天守は戦後になって建設された資料館で、当時の姿を残すものは堀と石垣です。

Dscn7416
まだ雨は降り続いてますが、展望台からは富山の町が見渡せます。
Dscn7430
右の野面積みの石垣は当時の遺跡ですが、天守下の石垣は綺麗に積み直したものです。枡形になっている天守下の石垣には当時の鏡石が組み込まれています。
Dscn7424
この門は、御殿にあった千歳御門(埋門)をここに移築したものです。総欅造りの薬医門で、江戸時代の門です。隣の小さな門が埋門です。

Dscn7438
次は、高岡古城公園です。ここは建造物はほとんど残っていませんが、100名城にも入っています。富山城が焼失したあとに築城し、約5年の夏の陣後に廃城になった。
Dscn7442
それでも100名城に選ばれているのは、廃城後も軍事拠点としての機能は密かに維持されて来たため、当時の水堀や曲輪などの縄張りがほぼ当時のまま残されているからです。ここは三の丸と本丸の間の堀になります。
Dscn7453
当時の建造物として残っているのは、二の丸から本丸(右側)に渡る道の下の石垣です。犬走りも少し残っています。
Dscn7458
反対側の石垣を本丸側の犬走りに下りて見ました。野面積みの石垣で表面には刻印なども残されています。

次も、100名城の一つである七尾城です。七尾城は七尾湾と富山湾に挟まれた城山の山頂に築かれた山城です。本来の入口は富山湾側ですが、駐車場は七尾氏側の本丸下にあります。
Dscn7495
山頂は長屋敷跡がありますが、城のあった方へ入っていきます。杉林の中に立派に石垣が見えてきます。ここは本丸手前の桜馬場北側の斜面になります。
Dscn7502
桜馬場と遊佐屋敷の間には石垣が残されています。
Dscn7514
本丸広場の最も高いところに今は神社が祀られています。Dscn7522
桜馬場と二の丸の間は枡形虎口になっていてここにあるのが九尺石です。大手門に置かれる鏡石の様なものです。
Dscn7529
まだ天気は回復しませんが、駐車場からは七尾南湾方向がよく見えます。

今日の最後は金沢城です。冬にも来ているので今回は石垣巡りがメインです。

Dscn7630
まだ僅かに桜が残る石川門は金沢城の現在の表門です。手前の百間堀を挟んでこちら側には兼六園があります。
Dscn7541
石川門枡形内の石垣です。右は切石積み(切込接ぎ)で左が粗加工石積み(打込接)になっていてます。

Dscn7551
再建された橋爪門・五十間長屋・菱櫓は綺麗に積み直されていますが、菱櫓から奥の二の丸石垣のは古い粗加工石積み(打込接)があります。排水の樋も残っています。
Dscn7566
よく見ると石垣の表面には刻印がたくさん見えます。この辺りの石垣のほぼ半分に刻印がありそれがこの五倍くらい続いています。
Dscn7610
本丸の戌亥櫓石垣です。粗加工石積みですが、間に詰めた石が長い年月の間に抜け落ちてしまっています。
Dscn7601
本丸口にある鶴丸倉庫付近の二重になった石垣です。奥にかすかに陸軍が作った煉瓦のトンネルが見えています。ここも歴史を感じる石垣です。
Dscn7618
東の丸北面(丑寅櫓)石垣は、金沢城の中でも最も古い石垣と言われるもので、自然石積み(野面積み)で造られた石垣です。
Dscn7652
最後に、翌朝の散歩で出掛けた外側の石垣です。本丸の辰巳櫓付近の石垣で、金沢城で最も高い石垣と言われています。ただし、明治期に積み直されているので当時の姿とは違っています。

山陰へ②

今日は2日目です。天気は微妙ですが雨はどうにか避けられそうです。Dscn0475
移動途中で寄るお菓子御殿はおまけみたいなもの。まだお腹も減っていないのですが、朝からつまみ食いです。
Dscn0477
今回のもう一つの目的は足立美術館です。もう少し山間にあるのだと思っていたのですが、周りは普通に田んぼなのにはビックリ。中は広くて2時間くらいじゃ足りませんでした。

Dscn0520
ここの見所は季節ごとの日本画の展示(撮影禁止)と、なんと言っても日本一の庭園です。曇り空ですが後ろの山を借景にしています。Dscn0523
あまり人がいないのでパノラマにも挑戦してみました。Dscn0503
窓枠から一枚の絵のように庭園を切り取って魅せています。タイミングが良かったらしくガラガラで、「昼間なのに観光バスが一台しか居ないなんて」とガイドさんがビックリしていました。おかげでゆっくり見ることができました。Dscn0531
昼食は、オプションで頼んでおいた出雲蕎麦御膳です。
Dscn0585
もう一ヶ所は、こっちも久しぶりの出雲大社です。正式参拝だと、旧大社駅から三つの鳥居(石・木・鉄)をくくりたどり着くのですが、脇からの参拝なので本殿のある四の鳥居(銅)からの参拝です。鳥居の左側が拝殿、正面奥の屋根が本殿、後ろの山が八雲山です。

Dscn0591
現在の拝殿は昭和34年に総檜造りで再建されたものです。ここも遷宮の後ですが、建て替えはしません。一般の神社での作法は「二礼二拍手一礼」ですが出雲大社は「二礼四拍手一礼」です。
Dscn0593

廻廊に囲まれた中に本殿があります。参拝するのは八足門までで中には入れません。八足門の前には、48mあったと言われる古代の本殿の御柱の位置が記されていました。
Dscn0604
横から見た本殿です。大社造りと呼ばれる日本最古の神社建築様式です。この間60年に一度の御遷宮(屋根の葺替)が行われたばかりなので綺麗です。御利益を期待して(^_^;)お守りも買いました。効果があると良いんだけど・・・。Dscn0596_2
ここもゆっくりだったので、神故館(宝物殿)も見てきました。ここには看板にある古代の御本殿の「発掘された巨大な御本殿の御柱」が展示されているので本物を見ることができます。

Dscn0647
帰りは「出雲縁結び空港」です。

山陰へ① 県外温泉45「三朝温泉」

今年最初の旅行は山陰へ。
今回も低気圧を飛び越えました。またもや条件付きでしたが、無事目的地(何故か、岡山)へ着きました。ここから山陰まではバス移動です。Dscn0439

夕方になってやっと今回の一つ目の観光地の鳥取砂丘に着きました。久しぶりの鳥取砂丘です。青森の猿ヶ森砂丘(自衛隊演習地につき立入禁止)に次ぎ、日本で二番目に大きい砂丘です。雪が積もってるかと思いましたが、無くて良かった。
Dscn0447
こんな天気でも風紋は見えました。Dscn0456
今回の目的の一つは夕食です。前回の「カニ食べ放題」が美味しくなかったので、またまたカニを食べにやって来ました。食事場所は兵庫県の浜坂港です。Dscn0459
今回はタグ付き蟹です。定番らしく、昨年も来たという人が居た位なので、前回みたいな事は無いでしょう。

Dscn0462
中央にタグ付きガニが丸ごと一杯、左にはカニすき、右には焼きガニ&アワビ姿焼き、カニ手前には甘エビとカニの刺身です。カニすきは後で雑炊にするので右に卵と葱が置いてあります。あとカニ汁も食べ放題でした。1500円で飲み放題がつけられますが、ここは市場の為悪酔いしそうにものばかりなのでやめました。

Dscn0473
宿泊は三朝ロイヤルホテルでした。ツアーの案内では三朝温泉の旅館でしたが、混んでいた為に一部は少し離れたこっちに泊まることになりました。でも、温泉はしっかりあります。

男女入れ替えがありどちらも入りましたが、感じとしては、昔の旅館の大浴槽を二つに分けて使っているようでした。泉質は無味無臭無色の単純泉ですが、ここの売りはラドンの含有量が世界有数の「ラジウム泉」です。広々とした大浴場と露天風呂だけでなく、そのラジウム泉を霧状にする事で、呼吸や直接肌から多く吸収する事ができ、細胞や毛細血管に働きかける効果が高まると書いてある「ミストハウス」も有ります。加水はしていませんが、湧出温度が低めなので加温・循環・消毒をしています。

北陸旅行③能登

最終日です。今日は能登をうろうろします。
Dscn0316
ずっと続いていた雨(雪)がおさまり、三日目はかろうじて日の出が見えました。でも、時々降られました。

Dscn0320
まずは、輪島の朝市(観光化?もあり、ほぼ毎日やってます)です。連日の荒天と昨晩の雨でお店の数は少ないみたいです。前来たときは道沿いにずらっと並んでいました。売っているのは、魚の干物や一夜干し・漬け物などが多かったです。
Dscn0412
朝市で買ったノドグロの一夜干し。1枚サービスしてくれました。小ぶりだけど市場で買うよりは安かった。

Dscn0333_2
能登と言えば輪島塗です。漆器工房で昼食になりました。
Dscn0328_2
高価な輪島塗がずらりと並んでいます。手前にあるのは漆を塗った後にノミで模様を彫りそこに金・銀を埋め込む沈金技法を使ったもの、奥にあるのが漆で絵を描きそこに金粉をまく蒔絵技法によるものです。高くて手が出ませんので、買うのは箸くらいです。
Dscn0331
別料金の海鮮釜飯。これは美味しかった。ちょっと食べ過ぎの三日間です。

Dscn0335
有名な白米千枚田です。今の季節は夜のイルミネーションが良いのですが、真冬の昼間なので・・・。

Dscn0348
朝ドラ「まれ」の舞台にもなった揚浜塩田です。今でもやっています。

Dscn0374
隣にある道の駅が塩の博物館になっていて、塩田での塩作りを説明してくれます。「まれ」でも食べていた小芋の塩ゆでがサービスでもらえます。
Dscn0359

ここで塩作りを体験できたりするらしいのですが、冬はダメだそうです。奥あるのが製塩施設で今でも火をたいていました。
Dscn0378
最後は軍艦島とも呼ばれている見附島です。弘法大師が見つけたから「みつけじま」、年々削られて小さくなっているとか。

Dscn0396
霧の中能登空港に来ました。帰れなかったらどうしようかと心配していましたが、無事に羽田からの飛行機が到着しました。帰れそうです。

北陸旅行②五箇山、東尋坊、県外温泉44志賀の郷温泉




今日は朝からずっと雨。

Dscn0244
富山を出発して、新湊のきっときと市場へ。ここのカニの方が美味しかった。
Dscn0243_4
ここにあったダイオオイカのするめ。食べられないけど・・・。


Dscn0271
世界遺産に指定されている合掌造り集落としては白川郷(岐阜県)が有名ですが、五箇山(富山県)の合掌造り集落も指定されています。白川郷が大規模、五箇山の相倉が中規模で菅沼が小規模です。今回行ったのは小規模の菅沼集落でした。五箇山の合掌造りは妻入りです。
Dscn0263
中を見学させてもらえるところもあります。資料館になっていて、曲がった杉がそのまま使われています。白川郷に比べると田畑が少なく、紙すきや硝煙作りなどをしていた生活の工夫が紹介されていました。
Dscn0276
だったの9軒しかない小さな集落で、上から見下ろすことも出来ました。観光地化されすぎて無くて昔の雰囲気を楽しめます。

Dscn0277
昼食は別料金で頼んだ三色押寿司です。左から穴子と鱒と鯖です。富山ですからやっぱ、鱒と鯖の押し寿司は外せません。

Dscn0284
午後は東尋坊でした。富山から石川を飛び越して福井です。ずっと雨(雪)だったので外に出たくなかったのですが、着いたら雨が止んでいました。しかしここは風は相変わらず強い!。でも、冬の日本海の方が荒れていて東尋坊らしい気がします。ここでも土産物でカニが並んでいました。石川では「香箱ガニ」でしたが、同じものがここだと「せいこガニ」です。どちらも卵を持った雌のカニで小型で足が細いので食べ方が違います。

Dscn0292
何処でも考えるもんですね。鳥取の砂場カフェが有名になりましたが、ここにあるのは岩場カフェです。

Dscn0302
能登半島の千里浜まで戻り夕食です。海岸の砂地を自動車で走れる千里浜なぎさドライブウェイが有名なところですが、冬はほぼ閉鎖しているので夕食の為だけに寄りました。
能登ガキづくし膳です。釜飯、蒸し、フライ、煮付とたっぷり。釜飯のカキがちょっと小さかったのが( )でした。
Dscn0318
今日の宿は、能登ロイヤルホテルです。だいたい田舎にゴルフ場と併設して建ったいて造りは何処でもほぼ同じです。

ここも温泉はあります。能登温泉(志賀の郷温泉)と表示してありました。ホテルの温泉なので、内風呂・露天風呂・サウナと揃ってますが、加水・加温・循環濾過・塩素消毒です。泉質は「ナトリウム-炭酸水素塩・塩化物冷鉱泉」となっています。おそらく溶出量が少ないのでしょう、加水の為かほとんど温泉の感じがしません。

北陸旅行①金沢、県外温泉43富山温泉

毎度のことですが、今朝早く(始発)出発し、羽田から能登行きの飛行機に乗りました。

Dscn0073

おそらく北アルプスの白馬あたりの山かと思います。太平洋側は良い天気でしたが、空から見ても北アルプスを境に雲が広がっていました。日本海側は雲・・・、条件付きの出発なので最悪引き返す可能性もあります。

Dscn0079_3
能登空港への着陸を試みるも二度とも失敗。行き先を小松空港に変更して何とか着陸することが出来ました。ひと安心ですが、行き先変更になったのは始めでです。ここからの方が近いのか、恐竜王国「福井」の看板が目立ちます。

何せ二泊三日・朝食&夕食付き・29800円の格安観光ツアーなのでこの先どうなる事やら・・・。ここで時間つぶしです。地図を見ると金沢はここからの方が近いので・・・

何とか対応できたらしく、予定通り一日目は金沢市内の観光になりました。

Dscn0084
最初は金沢の近江町市場。東京のアメ横のような所と思えば良いのでしょうか。すぐ近くには金沢城もありますし・・・。

Dscn0086
カニをたくさん売ってました。この時期ならではの香箱ガニもあります。でも高い!。

Dscn0102
金沢城公園では、何度か来ている兼六園を外し雪の金沢城へ。入口は現存遺構の石川門です。下には今は道路が通ってますが元は百間堀です。正面が一の門で奥が多門櫓、左側の石川櫓と右側にある二の門に囲まれた内枡形門になっています。

Dscn0156
天守閣は無く、本丸の入口あたりに三十間長屋が当時の遺構として残されています。戦時中は陸軍の基地が置かれ、その時のトンネルが本丸の石垣に残っていたりします。Dscn0139_2
橋爪門櫓(左)と五十軒長屋と菱櫓(右)は平成になって復元されたものがですが、ここは有料で中には入れます。今回は時間が短いのでバス。

Dscn0171
縄張や石垣は良く残ってます。丑寅櫓辺りが金沢城に現存する最古の石垣です。丸石をそのまま積んでいるので、雪が積もっていてもその古さが感じられます。石垣の博物館と言われる金沢城なので時間をかけてゆっくり観たいところですが、何せ雪が積もっていては入れないところもたくさんありました。

Dscn0193
最後はひがし茶屋街です。昔の花街(今で言う飲み屋街)で、今でも芸妓さん達がいるようです。

Dscn0201
中を見学させてもらえるところもありました。思ったよりこぢんまりしています。

Dscn0236
おまけで寄った金箔屋では金の茶室があった。Dscn0240
今日の宿はアパホテル。夕食はズワイガニ・ぶり・甘エビ・ローストビーフ・鱒の寿司の食べ放題。ズワイガニは解凍ものだけど塩っぱい、甘エビもぐたっとしてる、ローストビーフはハムとセット、鱒の寿司は寿司飯に鱒がちょっと乗ってる。なんだかなぁ。

温泉は裏にある系列のSPA-Xを利用。加水・加温・循環濾過・消毒はしてるけど、泉質はアルカリ性単純温泉でちょっと茶色い温泉。内湯と露天風呂(外は見えない)の他、サウナも2種類ある。入るとヌルヌルする感じのph9くらいでなかなか良かった。

塩沢

飲み仲間に誘われて、他の町の町内旅行にお邪魔してきました。自分の町の旅行はDLなんかで行く気にはならず、そこはその飲み仲間が計画しているのでいつもかなりマニアックです。
Dscn9962
まずは北越雪譜を署した鈴木牧之の記念館でじっくり説明を聞き、塩沢宿を散策。


Dscn9959_2
塩沢宿は綺麗に雁木の町を整備しています。カマキリが今年の積雪量を予想していました。
Dscn9963
次は、直江兼続公伝世館です。生家をイメージした資料館で坂戸城跡の麓にあります。建物は古い民家を移築したもので兼続とは関係ありません。
Dscn9965
直江兼続と言えば愛の兜です。
Dscn9968
昼食は八海山泉ビレッジでした。八海山のビール醸造施設を中心にしたところです。洋食でした。
Dscn9976
午後は、魚沼の里でお買い物。魚沼の里はも八海山の醸造所や雪室、焼酎「宜有千萬」などの醸造施設、麹や菓子やパンなどの関連施設が余ったところです。
Dscn9983
最後は赤城山西福寺です。ここは石川雲蝶のすばらしい彫刻などが見られます。特に開山堂は一面の彫刻でした。外から見ると雪を防ぐ覆堂が有ります。
Dscn9999
中は写真撮影禁止なので買ったのもを撮影しました。

より以前の記事一覧

2018年9月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            

アメフらんど NEO

無料ブログはココログ